Neti Neti: "I AM not"

アーサナ(ヨガのポーズ)の練習を、

最近は3日に1回くらいしかやっていません。

 

以前は毎日やっていたけれど、

毎日やる必要がないと感じていて、

 

毎日やるより、3日に一回くらいの方が、

今の自分にとっては調度良い加減なのである。

 

数年前まで、

難しいポーズの練習もやっていました。

 

チャレンジが楽しかったのですが、

 

人の体には骨格の影響で、

何年やってもできないポーズもあるし、

 

スタミナの問題で、

これ以上やったら、逆効果、ということもあると感じています。

 

今は3日に1回、1時間から90分のヨガの練習ができたら良くて、

ポーズも、以下のことが賄えていたら良い感じ。

● 背骨を6方向に動かす

● 股関節の柔軟性(くにゃくにゃにならない程度に)

● コアの「安定」(強化ではなく)

● 上腕の強化(ここは弱くなりやすいから)

● 逆転(リンパ液循環とリラクゼーションのために)

 

難しいポーズには全くと言っていいほど、

興味がなくなってしまった。

 

ヨガの練習をするときは、少しだけ呼吸法もしておく。

そして今は体調の関係で短い時間しかでいないので、ミニ瞑想。

 

ヨガをする日もしない日も、散歩をしている。

家が丘の上にあるので、坂道を歩くと軽い有酸素運動になる。

 

色々、十分、できていて、

足りもせず、多すぎもせず、良いと感じています。

 

私にとって、今のところだけれど、

ヨガをすることで、たどり着いた場所は、

どんどん、削減するってことでした。

 

Neti Neti: "I Am not"

 

これが、私にとっての、ヨガの教えであり、

これを思うと、ヨガをやっていて、良かったと思うのです。

 

つまり、「私はそんなもんじゃない」ってことを知ること。

 

私は、

名前じゃない。

こころじゃない(個性でもない)。

体じゃない。

思考、信じていること、コンセプトでもない。

魂でもない。

役割でもない。

人種でもない。

苦悩でもない。

教義でもない。

宗教じゃない。

社会的グループや政治的な信念でもない。

自分の文化でもない。

国民でもない。

性別でもない。

思い出(過去)でもない。

自分の物語でもない。

宇宙でもない。

霊性でもない。

神でもない。

 

いかなるアイデンティティでもない。

 

そういうことを教えてくれたのが、ヨガであり、

そこが、ヨガの一番良いところだった。

 

そんなものじゃない、ってことに気づいた時、

 

そこに残るものは、何ですか?

 

それを感じるのが、ヨガであり、

それと触れ合う、直接的に触れ合わせてくれるのがヨガであり、

ポーズを行うことではない。

 

ヨガの練習をしてくる中で、

 

神聖なもの、神は、自分の中にあるとか、

そういう教えもあったりしたんですが、

そういうものでさえ、私ではない。

 

「私」という観念(概念)でこれを書いていることが、

変な感じになってくる。

 

過去も未来もない。

 

ない、ない。

 

Neti Neti: "I AM not".

 

 

at 08:17, shakti-mandir, 5. ヨガ哲学

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生きているという手応え

日本に帰国するたびに、

すぐに、細かいことが気になる。

 

家にいて、掃除ばかりしてしまったり。

案外、綺麗じゃないと気が済まなくて、

結構自分の家の掃除をしていた。

 

そればっかり考えるようになることを、

英語では、

obsession という。

 

日本語では、強迫観念かな。

 

部屋の掃除ばかりでなくって、

何かと細かいことが気になってしまう。

 

日本人は綺麗好きだし、

国自体が小さいし、

家もなにもかも小さいので、

「細かいことを気にすることができる」

のかもしれない。

 

カナダやアメリカはなにもかもが、デカい。

ただっぴろい。

細かいこと気にしていると、先に進めない。

 

何もかもが、日本の「綺麗」のスタンダードより、

よっぽど低いのですが、

 

少しぐらい汚れていても、

外を裸足で歩いても、

誰も気にしない。

 

のみならず、

自然の中で、

多少汚れながら、

 

あまり心配することもせず、

 

来年のことはわからないけど、

 

今日できることをするって日々の方が、

 

細かいことを心配し、

あくせく、

将来の人生計画を立てているよりも、

 

よっぽど、生きた心地がする。

生きているという手応えがある。

 

 

中古のトレーラー(キャンピングカー)を買おうかな、と思っている。

走らなくて良いなら安く買えるのです。

 

人の家の庭に置かせてもらって、

水道と電気を引いてもらって、

インターネットも繋げてもらい、

 

するとトレーラーの中で料理もシャワーもトイレもできちゃう。

 

毎日、

朝起きて、朝ご飯。

自然の中で深呼吸し、

昼ご飯。

 

食べてけるだけの収入があれば良い。

 

島では、お金を使うところがない。

 

あ、

ちなみに、島にひとつしかなったガソリンスタンドが、

7月末で閉鎖することになりました。

 

車にも、なるべく乗らないようになる。

 

歩いてどこにでも行けるから大丈夫。

 

夕方5時には夕ご飯。

 

なぜ、私たちは生きているのか?

 

命は目的を持たない、特別な行先もない、エネルギーだ。

 

何も達成する必要もなく、

食事をし、

愛する人々に囲まれ、

よく眠り・・・

 

そうあることが、命のそのままの姿なのかな〜

と、静かな島では感じるのです。

 

 

 

at 05:53, shakti-mandir, 13. 島の生活(カナダ)

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ヨガとビジネス

10年間、日本でヨガのお仕事をしてきました。

 

スタジオでの指導が、一番良かったなと思います。

 

1回のクラス2000円〜2500円くらいで、

生徒さんにもそれほど負担がかからない額で、

気楽にヨガが楽しめて、良かった。

 

そこから自分の欲もあり、

日本各地にヨガ通訳に行ったり、

トレーニングを行ったりしているうちに、

何かちょっと、「ずれ」が生じてきた。

 

特に大きなヨガスタジオが主催するヨガイベントでは、

海外から来るヨガの先生も、

通訳も、

事務局の方々も、

結構休みなく、

タイトなスケジュールで働いていたし、

 

有名なヨガの先生が行うトレーニングでは、

「30名以上くらい参加者がないと開催しない」

みたいなプレッシャーを、主催者さんはかけられていたりして・・・。

 

自分で行っていたトレーニングでも、

生徒が集まらないと開催できないので、

集客集客、みたいな感じになって。

 

あれ、

スタジオでヨガを純粋に指導していたあの時代はどこへいってしまったのだろう・・・

 

でも、

一度、そういったサイクルにはまり込むと、

そこから抜け出すもの、恐くなってしまって、

何か違う、と思いながら、

続けてしまっていることってある。

 

今こうして全部止めて、

日本ではないところで、

収入ないけどお金も使わず、

日本にあったものを売ったお金でしばらく生活していきながら、

 

ヨガの通訳ね・・・

もう、やらないだろうな〜〜と感じています。

 

多忙、のみならず、

通訳は黒子のようであり、

自分の言葉は発してはいけない。

 

色々、先生によって言っていることが異なり矛盾している内容を、

自分の意志を度外視して訳出することや、

お昼ご飯をゆっくり食べる時間さえないこと、

 

そういうの、もう、終わってしまいました。

 

自分で行うトレーニングも、

仮にこれからまた日本で開催するならば、

誰か「やって欲しい」という方がいる場合のみにしたい。

 

それでも、やるかどうか、わからないな。

 

お庭の洋ナシ。来月は食べごろ。

散歩に行くとブラックベリーが沢山実ってきています。

at 05:35, shakti-mandir, ★ プライベート / Private ★

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学んだことを、捨てる

色々あって、

日本にいることをやめる、

という決断をくだしました。

 

そのため、

日本にあった所有物をできるだけ沢山手放しました。

 

日本で10年ヨガの指導と通訳をしてきて、

またそれ以前にも様々なことを学んだ来たので、

 

自分のオフィスの本棚には、

人生を変えてくれたたくさんの本があり、

その本には付箋がつけてあったりして、

大切な箇所はいつも引用できるように、

下線が引いてあったり、メモ書きがしてあったりしました。

 

また、

通訳のために勉強した資料、

哲学、解剖学、ヨガ以外のボディワーク・・・

沢山のファイルがあります。

 

そして、

これまで受けたトレーニング、ワークショップでもらった教材・・・。

 

その本棚はそれまで、

私の脳みその一部として、そこに存在しているようでした。

 

自分のクラスで必要なことは、

いつもその本棚に行けば、取り出せるような感じで。

 

でも、日本を発つ前、

その本棚の中の物を、全部、捨ててしまいました。

 

ああ、

あれも、これも、

大切だと思っていたものを、

ゴミ袋に入れていくのって、

結構爽快で、

便秘を解消しているみたいな気分であった。

 

学んだことを、全部、捨てる。

 

以前、私のヨガの先生は、

私が何かを学んだと言うと、

「では、その学んだことを、今度は捨ててしまいなさい」

と言ってきた。

 

その頃、それができなかった。

 

せっかく勉強したのに!と。

 

でも、今は、どんどん捨てていく。

 

そこに残るものは何だろう。

何も残らないくらいの方が、

きっと良いと感じている。

 

 

 

 

 

at 03:59, shakti-mandir, ★ プライベート / Private ★

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シゴト

先日、島の唯一のレストランで夕飯を食べました。

 

 

 

 

 

ウェイトレスの方が注文を取りに来ます。

 

若い女性で、前にも見たことがある人でしたが、

 

 

 

 

その日はとっても機嫌悪そうな顔つきで、オーダーを取りにきました。

 

 

 

 

一緒にいた友人がビールを注文するのに、

 

「ビール、どんな種類がありますか?」

 

と質問をしたところ、

 

 

 

 

「知らないわ」

 

 

 

 

とぶっきらぼうな返事が返ってきて、

 

 

 

 

「メニュー見たらわかるでしょ」

 

 

 

 

と、メニューを顎で示しました。

 

 

 

 

私はその態度に笑ってしまいましたが、

 

友人はムッときて、

 

「知らないってどういう意味ですか?あなたはここで仕事をしているんでしょ?」

 

と質問をします。

 

 

 

 

するとウェイトレスは、

 

「だって私、ビール飲まないから、知らないのよ」。

 

 

 

 

ここで友人は、その若いウェイトレスに、

 

あなたはここでお金をもらって仕事をしているんだから、

 

メニューくらいは知っているべきだと、諭していました。

 

 

 

 

ウェイトレスは不貞腐れたように、更に不機嫌になって、キッチンに戻っていき、

 

その日は始終、腐ったサービスを提供してくれました。

 

 

 

 

 

北米やヨーロッパでは、

 

 

こういったサービス業は、サービスの質により、チップをもらうというシステムがあり、

 

良いサービスを提供すると、支払い額の20%くらいのチップをもらえるのですが、

 

 

 

 

もちろん今回、このウェイトレスには、チップをあげることはしませんでした。

 

 

 

 

レストランでこういうサービスしてる人たちは、

 

チップでかなりの稼ぎを得ることができるので、

 

こういった適当なサービスを提供すると、

 

自分に回ってくるお金はどんどん

 

少なくなります。

 

 

 

 

それでも、

 

日本人の私からすると、

 

 

 

 

こんなに正直な態度で生きることができるって、

 

何と、自由なんだろうと、

 

 

 

 

こんな生き方をしていたら、

 

周りに気を使い、自分の命を縮めることも、ないのかもな〜〜

 

 

 

 

と思ったりもしました。

 

 

 

 

カナダ人の友人は、

 

人に気を使って命を縮めることはなくても、

 

お金がなくなって飢え死にすることになりかねない、

 

言っていました。

 

 

 

 

仕事なんだから、

 

自分の欲求や感情はしまっておいて、

 

質の良いサービスを提供しないと、と。

 

 

 

 

そういう意味では、

 

日本のサービスは最高級であって、

 

 

 

 

だから私は、犬を連れている時以外は、

 

日本の航空会社しか使わないし、

 

(日本の飛行機の座席には犬を持ち込めないため)

 

海外のサービスにほとんど何も期待をしていません。

 

 

 

 

 

 

 

日本からカナダに来る際、

 

成田エクスプレスに乗ったのですが、

 

 

 

 

品川で、電車のチケットを購入する際、

 

長蛇の列ができていて、

 

 

 

 

それでもJRの従業員は、

 

ひとりひとりに、

 

チケットを4本の指で示しながら、

 

丁寧に、丁寧に、

 

電車の詳細を説明しているので、

 

 

 

 

その長い説明のために、

 

私たちは、電車一本、乗り遅れてしまいました。

 

 

 

 

チケットに書いてあるんだから、

 

いちいち、それを口頭で説明せんでもええやん!

 

 

 

 

と、イライラしてしまいました。

 

 

 

 

こちらは、自分を押し殺し、

 

声色を変えて、

 

お客様を神として扱うサービスで、

 

しかも、チップもありません。

 

 

 

 

 

 

 

自分を押し殺す

 

  ↓

 

相手を立てる

 

  ↓

 

疲れ果てる

 

  ↓

 

ひいては、自ら命を絶つ

 

 

 

 

 

 

 

仕事ばかりじゃなく、

 

日常生活でも、

 

こういう社会じゃないかな、日本は。

 

 

 

 

 

 

 

どちらが良い?

 

 

 

 

バランスだと思いますが、

 

 

 

 

自分の感情を大事にしながらも、

 

相手と不愉快ではない関係を築くって、

 

 

 

 

そう簡単なことではないですね。

 

 

 

 

プライベートでも、ビジネスでも。

 

 

 

 

結果、

 

「もう、この先ひとりでいる方が楽だ」

 

と言う結論に至る人も、いたりするのかもしれないけど。

 

 

 

 

ひとりが楽なら、

 

それはそれで、良いんじゃないかなって、思います。

 

 

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いち抜〜けた

2019年7月2日より、

カナダ、ブリティッシュコロンビア州(BC州)に来ています。

今回の移動では、帰国日を設定しておらず、

しばらくこちらで生活をすることになりそうです。

 

私が今カナダにいる理由は、

自分の体調を整えたいからです。

 

そのために、

日本での所有物をほぼ全部手放して来ました。

 

2年前に買った家は、売りに出し、

6ヶ月前に買った車も売却し、

日本のヨガスタジオを閉鎖し、

スタジオのプロップ類もほぼ手放し、

家にあった家具や食器やあらゆるものもほとんど手放し・・・。

 

スーツケース2個に入るだけの荷物を残すのみとなりました。

 

捨てていく作業の中で、

なんと沢山の不要物に囲まれながら生活していたことか!と、

気づかされました。

 

生きていくうえで、

寝る場所があり小さなキッチンがあり、

気の合う仲間がいたら、

それ以外に必要なものなんて、ないんだと気づかされました。

 

仕事も、

日本でのヨガのクラスやトレーニング、

通訳の仕事、全部、止めてきました。

 

この先どうするんですか?

と聞かれたら、

「わかりません」としか、答えられません。

 

しばらくは、それで良いと思います。

 

カナダに移動するにあたり、

飼っている犬を連れてきました。

犬がいるのと、荷物が多かったので、

熊本の生徒さんと娘に、移動を助けてもらいました。

(ふたりはカナダに一週間滞在してくれました)。

 

犬をカナダに連れてくるために、

数ヶ月かけて検疫の手続きをし・・・。

 

台風や梅雨の影響でどんより蒸し暑い中、

成田空港まで4時間かけて、犬と電車で移動しました。

途中品川で、あまりの人の多さと、

何かよくわからない節操のなさに、

色々なことが頭の中で、

「もう、無理だな」という結論に達していくのです。

 

成田空港からバンクーバーまでは約9時間の飛行。

座席下に置いた犬もおとなしく、

その9時間の移動は長く感じませんでした。

 

バンクーバーでは一泊し、私はとにかく疲れていたので、ホテルで休み・・・。

ついてきてくれた生徒さんと娘は、個人行動で、

バンクーバーのダウンタウンを、1.5日かけて散策していました。

 

 

翌日夕方再び空港へ移動し、

小型飛行機に乗って30分。

バンクーバーよりも小さな町へ移動し、

そこでダン先生に会い、タイ料理を食べました。

 

その後、小さなフェリーでまた30分。

私が今いる島へと移動してきました。

 

BC州は日本よりも大きいので、移動となると、半端なく時間がかかります。

 

 

島にはふたつの村があり、

ふたつの村を合わせても人口は1000人。

 

2軒あったレストランの1軒が休業中となり、

外食は1軒のレストランのみ。

スーパーが2個。

信号もなく。

バスは1週間に1本。

 

 

そんな、カナダ人でも行かないような、

夢のような離れ島で、

実は去年、日本人の女性に会いました。

そしてその女性が、

私が2003年くらいに行っていた、

ノースバンクーバーの禅堂に通っているということを知りました!

 

その禅堂で瞑想を指導してくれた先生なくして、

私はヨガを始めることはなかったというような、

その先生は貴重な存在だったのですが・・・。

 

ここ5年くらい、すっかり疎遠になっていました。

 

それが、たまたま島で出会った日本の方が、

今その先生のところに通っていると知って。

 

「縁」

 

もう、その言葉だけが、理屈なしで頭の中に浮かんできたのです。

 

Kim (その先生)に、連絡をしないと!

 

こうして私は再び、私の練習の原点であった禅堂の先生へと、

導かれていきました。

 

といっても、

メールして、来月久しぶりにランチするのみなんですが、

 

カナダに帰ってきて、

ほぼ何の当てもなく帰ってきて、

カナダに住んでた時に一番繋がっていた人とまた結ばれるというのは、

 

嗚呼、帰ってこなきゃいけなかったのかなとか、

そういう風に、考えさせられたりします。

(バイアスがかかっているところもあったとしても)。

 

 

こちらは、7月でも今年はずいぶん涼しく、16度から20度くらいしか気温がありません。

毎日何をしているか?というと、

 

朝起きて朝ごはん。

午前中は散歩かヨガ、そして近所のスーパーへ買い出し。

昼ごはんの用意→食事。

午後は、散歩など。

夜ごはんの用意→食事。

寝る。

 

だいたい、3時くらいになって、

「ああ、まだ3時か・・・」と言う感じで、やることないし、

行くとこないので、お金使わない。

 

近所に古道具屋があって、

古着が100円くらいで沢山売っているので、

必要なものを買っても、500円以下で済む。

マジでお金使わない。

 

夜も、9時半にはすることがなくって、本読んだりして、寝る。

 

食べ物はとにかくクリーンでおいしい。

オーガニックの野菜や肉。

化学調味料なんて無縁。

ゴートチーズやハーブがおいしすぎる。

 

散歩は沢山自然があるので、どれだけでも歩ける。

 

海。

湖。

森。

 

アザラシ。

亀。

ビーバー。

鹿。

 

喋る人もほとんどいない。

 

7日間滞在してくれた生徒さんと娘。

カナダっぽいこととして、湖でボートに乗りました。

毎日日本人の二人とお喋りして楽しかった。

彼女たちはもう帰国してしまったので・・・。

 

しばらく静かな時間を過ごしながら、

遅い夏の訪れを待っています。

 

at 07:06, shakti-mandir, ★ プライベート / Private ★

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熊本での200時間指導者育成が終わり・・・

2019年5月、

半年かけて行っていた熊本での200時間指導者育成を、

無事終えることができました。

 

2018年から熊本にはトータルで9回も出かけて行き、

ほぼひとりで200時間を15名の生徒さんに指導させて頂きました。

 

熊本のダンス&ヨガスタジオ「フィヤージュ」の生徒さんたちは、

ダンサーだけあって、身体能力が抜群にすぐれておられました。

 

が、ヨガは身体能力だけではなく、

その他いろいろな要素も入ってくるので、

粗大(肉体)なものに、微細な面を織り交ぜながら、

ゆっくり時間をかけて行ったトレーニングでした。

 

 

 

 

滞在中熊本の生徒さんには、色々お世話になり、

ホテル暮らしの私に、手作りのお料理を持ってきてくださったり、

熊本のおいしいお料理屋さんに連れて行ってもらったり・・・。

 

熊本、そして熊本の生徒さん、

そして、主催者であり、人生の大先輩である若葉さん、

私にとって、とても大切で近い存在の仲間となりました。

感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

トレーニングの最終週には、

15名の方々に、同じヨガのシークエンスを指導してもらう実技試験が、

4日間かけて、行われました。

 

今年は10連休で、日本は「令和」となり、

新しい時代を迎えている時に、

 

私たちは、ひたすら、ヨガの試験をしておりました。

 

15名、同じシークエンスなのに、

それぞれ、まったく違う世界を、見せてくれました。

 

感動しました。

 

私たちは「同じ」世界で生きているようであっても、

その人それぞれの「意識のフィルター」を通して、世界を受け取っています。

 

その、意識のフィルターが、

ハタヨガというものを媒体に、

形となってダンスするような、

そんな世界を見せてもらい、

 

同じシークエンスを15回も見させてもらいましたが、

まったく新しいものを見ているようでした。

 

そして、トレーニングの最後には、

主催者の若葉さんとの強い繋がり、

彼女の揺るがないサポート、

指導者として生徒をどんなことをしてでも支えて行こうとする姿勢を感じ・・・、

 

私は指導をするよりも、

熊本のみんなに、教えて頂くこと、そして、支えて頂くことの方が、

大きかったと、そんな、大切なお土産を持って、

200時間を終え、三重に戻ってきました。

 

 

 

このトレーニングは、

私にとって、7回目の指導となるトレーニングでした。

 

また15名という、

これまで少人数(9名が最大人数)しか教えてこなかった私にとっては、

たくさんの生徒さんを対象とし、

知らない土地で、

私の指導を受けたこともない方々に、

いきなり指導者育成をする、という、

チャレンジの大きいものでもありました。

 

(40名や50名を指導者育成される先生もおられますが、

私にはそんな大人数に同時にクオリティ高い指導をする力は、

到底ありません!)

 

15名、良い人数だったなと思います。

 

また、

日本におけるヨガの指導者育成は、

この熊本をもって、終了することになりそうです。

 

2014年から、

全米ヨガアライアンス200時間を指導させて頂き、

「思うこと」が、諸々ありました。

 

そんな「思うこと」も、この先、またブログでシェアしていきたいと思います。

 

しばらくは、「静けさ」が必要だと、感じています。

その静けさを前に、

にぎやかに、熊本での指導者育成を、大成功に終わらせることができたこと、

うれしく思います。

 

 

熊本、食べ物は、何もかも、最高に美味しかった!

毎回行った、老舗デパートの鶴屋も恋しい今となりました。

 

熊本の若葉さん、杏里さん、

生徒の方々、

誠さん、

ありがとうございました。

 

初回に数回カナダから参加してくれたダン先生も、

ありがとうございました。

 

達成感!

何も、悔いることもなく、終わることができました。

 

これから、皆さんそれぞれのヨガを、世界に伝えていってくださいね!

 

Hari Om Tat Sat

 

 

at 16:05, shakti-mandir, 2. ティーチャートレーニング / YTT

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True Yoga / 本当のヨガ

さあ、委ねてみよう。

長く息を吸って、同じように、吐き、

楽に、そしてリラックスしている。

 

心の中で、心がどんなものなのか、どんな形をしているのか、

どんな物に見えるのか、想像してみるが良い。

そしてそれを目の前から、蒸発するように、消えさせてあげよう。

 

心が散らばって、溶けていく。

 

同じように、

体も、

その体として感じている感覚や、本能的に体と理解しているものや、

体がどんな形をしているのかを、

目の前で蒸発させ、消えさせてあげよう。

 

何かを行うということ、

何かを行わなければならない、という感覚、

そんなことは、もう、諦めてしまえばいい。

 

この瞬間、やらなければならないことなんて、何もない。

得なければならないものもなければ、

行かなければならないところもない。

 

あなたは自由で、開いた状態にある。

 

永遠で、境界線がなく、永久にある命。

ヨギーは、そう言っている。

 

ヨギーはまたこうも言っている。

命とは、目的も理由もないエネルギーであり、

どこか特別なところへ行くようなものでもない。

 

戯れ(遊び)以外の理由は、ないのだ。

大いなる意識の戯れ。

大いなる意識が、すべて形あるものの中でダンスをしている。

 

あなたの体、感情、

置かれた状況、

友達、家族、

物、

星も月も、

すべてひとつの広大で永遠の、言葉に表せないような現実の戯れ。

 

そしてヨガとは、それを直接体験すること。

コンセプトとして頭で学ぶことではない。

それを実際に体験し、それ自体が自分であると知ること。

 

それが、あなたの本来の姿だと、ヨギーは言う。

 

その体験の妨げとなるのは、

あなたの悲観や思考、

または悲観的な思考、

そして勝手に結論づけてしまうことや、

詰まった感情・・・。

それらが、あなたの体験をブロックしてしまうのです。

 

だけど、今、この瞬間だけでも、

そんなことは、忘れてしまおう。

あなたの意識がすべての現象にささげられていくように・・・。

 

 

You have sense of receptivity

take a long deep breath and exhale the same way, just easy and relaxed.

 

Just get a sense or impression or picture of your mind, in your mind,

what the mind looks like in other words,

and allow it to evaporate in front of you,

so it just dissipates, melts,

and the same with the body,

impression or sense or feeling or intuition or picture of your body

just allow it to vaporize or evaporate in your mind eye,

and the sense of doing, that you have to do something, just give it up.

In this moment there is nothing to do, nothing to get, nowhere to go...

you’re just free and open,

infinite, boundless, alive eternally

 

So that yogis say.

 

Yogis also say life is the purposeless energy going nowhere for no reason.

There is no reason other than just a play.

It's a play of consciousness.

Consciousness is just dancing in all these forms.

 

Your body, your thoughts, your feelings,

your situations,

your friends, your family,

objects,

the stars and the moon.

It’s all just a play of one intelligent vast infinite indescribable reality.

 

And yoga is about experiencing that first hand,

not as a concept,

but identifying yourself and experience that first hand

And they say that that is your true nature.

The only thing in a way

is your negativity or thoughts,

negative thoughts,

and conclusions,

and presumptions,

and stuffed emotions,

they block your experience.

 

Then in this moment, forget all that.

Just keep dropping back into the prior,

therefore offering awareness to all phenomena.

at 00:01, shakti-mandir, 5. ヨガ哲学

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