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生きているとい手応え(その2)

だいたいからして、人はうるさい生き物である。

 

時々島を歩いていると、ふと、何の音もしていないことに気が付きます。

 

風が吹いたら木の葉が揺れたり、

鳥が不規則に鳴いたりしても、

 

その音たちの合間は、何の音も存在しなくて、

し〜〜ん、としている。

 

人は頭の中もうるさいし、話し出したらさらにうるさい。

 

散歩しててうるさいな〜って思う時は、

大抵自分が喋ってる声がうるさい。

 

1週間ひとり留守番だったので、

ほとんど話さない生活をしていると、

こんなに快適なことはない、と思う。

 

坂道を上りながら、

どうして、生きているという手応えが、

今まで以上にあるんだろう・・・

と考えてみた。

 

それはきっと、

あまり沢山お金がないからだと、思いました。

 

あるだけのお金でなんとかやっていって、

いつかそれもなくなったら、

 

マジでキャンピングカーで暮らすことになるかも・・・

という会話を、たまにしたりするのです。

 

日々、生きてく。

その行為しかしていない。

 

「工面する」というのは、手応えのあることである。

 

それは、どうにかかき集めてくるみたいな行為じゃなくって、

今あるもので、どうにかするっていうことみたい。

 

質素であり、簡素であり、謙虚なことだと思うのです。

それが、命とか、自然に、近い感じがするのです。

 

一生懸命がんばって働いて、時間に追われ、

好きじゃない仕事して、充分なお給料をもらって、

 

不自由はないけれど、

工面しなくて良いけれど、

生きた心地がせず、

自分というものが、

かき消されてしまうようなのとは、

 

・・・ずいぶん違うことのようなのです。

 

 

at 12:04, shakti-mandir, 13. 島の生活(カナダ)

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