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Neti Neti: "I AM not"

アーサナ(ヨガのポーズ)の練習を、

最近は3日に1回くらいしかやっていません。

 

以前は毎日やっていたけれど、

毎日やる必要がないと感じていて、

 

毎日やるより、3日に一回くらいの方が、

今の自分にとっては調度良い加減なのである。

 

数年前まで、

難しいポーズの練習もやっていました。

 

チャレンジが楽しかったのですが、

 

人の体には骨格の影響で、

何年やってもできないポーズもあるし、

 

スタミナの問題で、

これ以上やったら、逆効果、ということもあると感じています。

 

今は3日に1回、1時間から90分のヨガの練習ができたら良くて、

ポーズも、以下のことが賄えていたら良い感じ。

● 背骨を6方向に動かす

● 股関節の柔軟性(くにゃくにゃにならない程度に)

● コアの「安定」(強化ではなく)

● 上腕の強化(ここは弱くなりやすいから)

● 逆転(リンパ液循環とリラクゼーションのために)

 

難しいポーズには全くと言っていいほど、

興味がなくなってしまった。

 

ヨガの練習をするときは、少しだけ呼吸法もしておく。

そして今は体調の関係で短い時間しかでいないので、ミニ瞑想。

 

ヨガをする日もしない日も、散歩をしている。

家が丘の上にあるので、坂道を歩くと軽い有酸素運動になる。

 

色々、十分、できていて、

足りもせず、多すぎもせず、良いと感じています。

 

私にとって、今のところだけれど、

ヨガをすることで、たどり着いた場所は、

どんどん、削減するってことでした。

 

Neti Neti: "I Am not"

 

これが、私にとっての、ヨガの教えであり、

これを思うと、ヨガをやっていて、良かったと思うのです。

 

つまり、「私はそんなもんじゃない」ってことを知ること。

 

私は、

名前じゃない。

こころじゃない(個性でもない)。

体じゃない。

思考、信じていること、コンセプトでもない。

魂でもない。

役割でもない。

人種でもない。

苦悩でもない。

教義でもない。

宗教じゃない。

社会的グループや政治的な信念でもない。

自分の文化でもない。

国民でもない。

性別でもない。

思い出(過去)でもない。

自分の物語でもない。

宇宙でもない。

霊性でもない。

神でもない。

 

いかなるアイデンティティでもない。

 

そういうことを教えてくれたのが、ヨガであり、

そこが、ヨガの一番良いところだった。

 

そんなものじゃない、ってことに気づいた時、

 

そこに残るものは、何ですか?

 

それを感じるのが、ヨガであり、

それと触れ合う、直接的に触れ合わせてくれるのがヨガであり、

ポーズを行うことではない。

 

ヨガの練習をしてくる中で、

 

神聖なもの、神は、自分の中にあるとか、

そういう教えもあったりしたんですが、

そういうものでさえ、私ではない。

 

「私」という観念(概念)でこれを書いていることが、

変な感じになってくる。

 

過去も未来もない。

 

ない、ない。

 

Neti Neti: "I AM not".

 

 

at 08:17, shakti-mandir, 5. ヨガ哲学

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