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YOGA

前回のブログで「脱ステロイド」のことを書いてから、

何人かの生徒さんから励ましのメールが来ました。

また、昨日は理学療法士さんによるワークショップを主催させてもらって、

12名の生徒さんの顔が見れて、

みんなのことを、とても愛おしく思いました。

 

脱ステロイドで体中に炎症が起こり、

朝目が覚めてから起き上がるのに1時間ほど時間がかかり、

あまりの痛みに背中を丸めてしか生活ができなかった日々がありました。

 

炎症がひどくなる前までは、

ヨガや瞑想をして気持ちを落ち着かせていたものの、

 

痛みがひどくなってくると、

起きるのがやっとで、

マットを敷くこともできません。

 

私はこれまで疾患を持った生徒さんともヨガをしてきたけれど、

指先さえ動かせたら、ヨガができると、

呼吸さえできたら、ヨガができると・・・、

 

どんな小さな動きでも、自分でコントロールして動かしている、

動かせる、

ということが、

人に、パワーを与えると、

軽率に考えていた・・・。

安直だった。

 

実際自分が痛みで動けなくなると、

ヨガなんて、どうでも良くなった。

というか、

ヨガを考えることさえ、できなかった。

 

起きて、機嫌よくあることが、その日の目標となった。

 

そして少しだけ症状がマシになったころ、

それでも痛みでポーズなんて取れなかったが、

ヨガについて、考え始めていた。

 

約2週間、ヨガの練習ができないでいた。

犬の散歩さえできなかった。

 

だけどヨガを考えたとき、

私の先生の本を最初から読み返しながら、

ポーズはヨガの一側面でしかなく、

ヨガはポーズではない、ということを、思い出したのです。

 

"Yoga is a spiritual practice. It's about how you feel at any given moment"

(ヨガは精神性を高める練習だ。あらゆる状況下において、自分はいかに感じているのか?)

 

「自己同一」という言葉がある。

痛みがあると、人は痛みと自分を自己同一する。

病と、自分を自己同一する。

苦しみと、自己同一する。

 

私が人生に急ブレーキがかかったように、

体が動かせないほどの痛みに見舞われた時、

私は、惨めだった。

 

それがなぜ、自分に起こったのか、

怒りを感じ、

先がわからない不安を感じ、

体の見た目がボロボロになっていく自分を、

恥ずかしいと感じた。

 

それが、自分自身の姿、となったからだ。

 

今までの健康な自分ではなく、病の自分が自分になっていた。

 

アーサナ(ポーズ)の練習もできなくなり、

じゃあ、

私のヨガはどうなってしまったのだろうと、

ヨガの道は塞がれた気分だった。

 

だけど、

私の先生の言葉。

それは私を原点に戻してくれた。

 

自分が今この状況の中で「いかに感じる」かは、

私の選択でもある。

 

苦しみと自己同一して悲劇のヒロインになるのも自分の選択である。

この症状は、いつ治るか分からないもので、

指導ができるようになっても、

(指導は来月から少しずつ始めるつもり)、

体中にある炎症が引くのは、数ヶ月後、数年後かもしれない、らしい。

 

そんな、いつ解消するか分からない問題を抱えていて、

それをどう受け止め、どう、感じていくか。

 

これは私の選択であり、決断でもある。

 

"It's about your experience.

The point is to transcend suffering, not endure more of it".

(ヨガとはあなたの体験のことだ。

鍵になるのは、苦しみをいかに超えるかであり、苦しみにもっと耐えるということではない)。

 

"Yoga is about producing joy".

(ヨガは喜びを産むことだ)。

 

今でもたまに、体中が乾燥してひび割れたように痛く、

そんな日は、外が暖かくても、自分はとても寒く感じる。

 

笑顔には、到底なれない。

 

でも、その状況で、

病と自分を自己同一化することもできるし、

「これもまた、過行くもの。あらゆるものが、過行く」

と、

今の状況と自分を自己同一しない、こともできる。

 

その練習をするのが、ヨガだ。

 

人生は、良いと悪いのサイクルを繰り返す。

良いも、悪いも、一生続かない。

空の雲の形が、決して常に同じ形ではないように、

私たちに起こる人生の出来事も、瞬間瞬間、変化している。

 

"When the mind is still, you are happiness"

(心が静かになれば、あなたが幸せそのものとなる)。

 

私たちの心(エゴ)は、

お喋りを止めない。

 

私は自分が痛い思いをしているとき、

「どうしてそれが自分に起こったんだ」と、

原因探しを始める。痛みに腹が立つ。

 

でも、それが、何をどう解決するというのだろう。

 

瞑想は、

自分の思考を観察する機会を与えてくれる。

 

さもなければ、人は自分の頭が何を考えているか、

無意識で生きている。

そしてその頭の中のお喋りとは、

同じような内容をただ繰り返している、役に立たないもののことが多い。

 

私は今、静かに座ることが困難だ。

でも、

動きながらも、瞑想的になることはできる。

それは、自分の思考の癖に気づくことだ。

 

そしてこの状況下で、自分がどう感じているか。

そこに意識を向けること。

それが、今の(そしてこれからずっと先も)、

自分のヨガ、なんだ。

 

最初、そこから、スタートしたのだった、ということを、

今与えられている苦しみが、教えてくれた。

 

そして、リラックスすること。

 

副作用の炎症が一番ひどかったころに比べて、

今は少しはマシになり、

ポーズの練習もできるようになった。

 

でも、お医者さんからは、

ヨガじゃなくって、有酸素運動をしなさい、と言われてる。

 

有酸素運動って、走ったりする、ことだ。

 

この体がヒリヒリ痛い状態で、走って汗かくなんて、

拷問のようだが、

そうやって代謝を良くし、

汗により肌を強くすることが大事らしく・・・。

 

私の抱えている症状は、

水分制限(一日1リットル以下に留める)

健康的な食事

運動

によって、治癒のスピードが上がるというので、

 

ポーズの練習もしたいけど、

それよりも、

毎朝、30分、有酸素運動をしている。

 

何をやるかって、

外で走る勇気はないので(紫外線も致命的なので)。

 

家で密かに、自己流で踊っている(笑)。

今日はマイケル・ジャクソンを聴きながらアホみたいに汗だくで踊ってみた。

これ、結構効果あって、

心拍は1分間に130まで上がり、汗ばみ、

汗ばむと、尋常じゃないくらい、体が痛く、

必死で扇風機で乾かす(あはは、なんじゃそりゃ)。

 

しかしせっかくやるなら、

楽しく面白おかしくやらなきゃ損。

 

今日は Beat it, beat it! と一緒に歌いながら、

パンチ連続のダンスだった。

 

ヨガは幸せを産むこと。

 

苦しみの中でのそれが、一番の練習。

 

だからって、苦しみを選ぶ必要はなく、

でも、人生、

絶対苦しいって時が、何度あるはず。

 

そして、人は年を取る。

 

年を取ると、

今までできたことが、どんどん、できなくなる。

 

その時自分がどう感じるか、

それも、ヨガ。

 

マットの上じゃなくても、

ヨガの練習は、

いつでもできる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

at 23:37, shakti-mandir, ★ プライベート / Private ★

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