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お金のこと

むか〜し昔のことです。

まだ20代後半の頃・・・。

3つ年上だった男友達が、

1000万円くらいの貯金があるって、

教えてくれたことがありました。

 

私はその頃、貯金なんてありませんでした!

 

「なんでそんなに貯金するの?」

と、尋ねたのです。

 

「特に理由はないけど、お金があったら、やりたいことができるやん」

 

すでに子持ち、もうすぐ30歳というのに、

精神年齢が今以上に低かった私は、

その回答に、「すごい!」と感動したのです。

 

あれから何年もの月日が経過しましたが、

「お金があったら、やりたいことができる」

という彼の言葉は、今でも時々、脳裏に浮かびます。

 

お金は働いて得るもの。

自分の時間と労力を提供し、その見返りで頂くもの。

 

でも、だからといって、

やりたくないことをしてまでも、

お金を得たいだろうか?

 

その質問への答えが「No」であるのであれば、

やりたくない仕事はせずに、

よって収入はなくなってしまい、

路上生活者になるのである・・・。

 

でも、路上生活者にはなりたくないから、

やりたくない仕事を仕方がなくしている。

 

そんな人たちが、ほとんどではないだろうか。

 

でも、

本当にやりたくないことを、毎日毎日我慢してやり続けることで、

体や心が病気になることもあるかもしれない。

 

この場合、

生きていくために、

やりたくない仕事をして、

そのために病気になって、

命を削るという、パラドックスになる。

 

「パラドックスとは、

正しそうに見える前提と、

打倒に見える推論から、

受け入れがたい結論が得られることを示す言葉」

(ウィキペディア/Wikipedia より引用)

 

この、「やりたくない」という拒否感、拒絶感を、

どの程度感じるかは、

人ぞれぞれのような気がする。

 

どんなことでも、

「ああ、いやだな、でも仕方がないな・・・」

という程度で、ある程度我慢しながらやってける人。

 

反対に、

「こんなの絶対無理!こんな毎日、生きてる意味ない」

というほど、拒否反応が起こる人・・・。

 

仮に誰かが、後者の方であって、

仕事でも人間関係でも、何でも良いけど、

「絶対無理!」と感じるのであれば、

それは、やめたいってことになるのだけれど、

 

それが生活に関わってることなのだとしたら、

その代わりになるものを探して、

どうにか生きていける状況を作り直さなければならなくなる。

 

圧倒的に、後者である状況が多い場合、

周りからは、「わがまま」というレッテルを貼られる可能性もある。

 

でも後者の人たちというのは、

周りに何と言われても、無理なもんは無理なのである。

 

そこで、

この無理をバネに自分の生きる道を開拓する人がいる。

反対に、そこに力強いバネの力がない人もいる・・・。

 

だから、人生は難しい・・・。

 

「これは絶対にやりたくない」という思いと、

「でも、生きていかなければならないし」という思い。

 

絶対に絶対にやりたくないっていうのが頂点に達した時・・・。

それでも生きてくにはどにかせなあかん!

となった時・・・。

 

むか〜し昔の私は、仕事もなく、小さな子どもを抱えていて、

どうしても収入が得たいという状況になったことがありました。

 

手っ取り早く、儲かる仕事と考え、公募に応募したことがある(笑)。

 

前もブログに書いたけれど、

2003年(だったと思う)、

とある文学賞に応募するため、小説を書きました。

 

賞金が200万円だった。

200万あったら、まあ、どうにかなるかって。

お友達の1000万からは程遠かったけど。

 

2007名の応募者から、7名の候補が選ばれ、そこに私も入っていた。

 

さあ、そこから最終選考までの数日間、

毎日通った神社!(笑)

 

「文学賞が取れますように・・・。200万円、南無阿弥陀仏(神社だから違う!)」

 

もちろん、文学賞は取れず(「もちろん」というのは、適切がどうか分からない表現ですが)。

 

トボトボ・・・という表現がぴったり似合う足取りで、最終選考のホテルを後にしました。

 

だけどその帰り道、

古ぼけた本屋で見つけた仏教の本が、

私の人生をちょっと変えてくれた。

 

落ち込んだ気持ちと・・・。

もっと、謙虚にならないといけないということを、

切なく学びました。

 

とは言いつつも、

いくら年をとっても、

「あかん、これ、やりたくない!」と思うことは、

何がなんでも、やらずに済むようにするという気合い(笑)は、相変わらず・・・。

 

だけど「それならどうするか」と時間をかけて考えることや、

コツコツと、何かを培うことが、

前よりも少し、できるようになった。

 

No pain no gain という言葉があって、

「痛みがなければ得るものはない」というような意味。

 

でも私は、この言葉もあまり好きではない。

 

誰も痛い思いなんて、したいわけないし、

 

忍耐とか、努力って言葉は、大嫌い。

(やっぱり謙虚になかなかなれないのかな・・・)。

 

何かやるなら、楽しくやりたい。

楽しいから、頑張れる。

頑張ったから、楽しくなる、こともあるかもしれないけど、

頑張っても忍耐努力しても、苦しいばかりじゃあね。

苦しみに美徳を感じるってことは、私にはない。

 

いつもブログが長いって言われる。(笑)。

 

今日も長くなってしまっているけど。

 

「これ、絶対にやりたくない」と思った時。

それが生活に関わることならば、

「これやめて、どうやって生きていくんだよ」と考えてみる。

 

1000万円あったとしても、収入なかったら、そんなお金、すぐになくなる。

 

でも、無理なことをして命を減らすのはイヤ・・・・。

どうやったら、生活に困らず生きていけるだろう。

知恵を絞るわけなのです。

 

頭悪いし元金ないから、株式投資や投資信託なんてできない。

で、結局いつもたどり着くところは、「自己投資」。

 

自分に投資しよう。

自分に投資して、自分が実のなる木となろう。

だけどそうすると、自分という木が腐ったら終わりだ。

だったら、心の体も、できるだけ腐らないような生き方をしよう。

 

ヨガのクラスの中で、時々生徒さんに聞くことがある。

「夢はなんですか?」

 

そして、「先生の夢は?」って聞き返される。

 

夢? 特にない。

 

でも、たまに、

今よりもさらにもっと自由でいたいなと思う。

そして、何年も前の友達が言った言葉を思い出す。

「お金があったら、やりたいことができる」。

 

これは守銭奴であることとはまったく違う。

 

自分という木に実がなって、できれば周りも豊かになる。

周りも豊かになって、自分にもその恩恵がまわってくる。

そのために必要なもののひとつがお金だから、

やっぱり、大事な存在。

 

お金について考えることも、

お金が欲しいと思うことも、

お金を好きでいることも、

全然、悪いことではない。

 

 

at 14:55, shakti-mandir, ★ プライベート / Private ★

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