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言葉という枠組みを超えて

昨日まで1週間、冬休みを頂いていました。

 

今日は久しぶりに、ヨガのクラスを3つ開催しました。

改めて、ヨガを共有することが、何よりも好きだなと感じた。

 

生徒のみんな、ありがとう。

 

ヨガを指導する、という仕事だけど、

ヨガも音楽みたいに、

コミュニケーションの場だと感じている。

 

体を使って行うヨガ(ハタヨガ)だから、

体を観察して、思考を使って、

どんなアクションをするべきなのかということを、

もちろん、理解した上でガイドするのだけど・・・。

 

それとは別に、

私は自分の五感を使いながら、

それぞれの生徒さんが、どんな世界を奏でるのかを、

感じることが大好きだ。

 

「味わう」という言葉が、しっくりくる。

言葉とか思考を超えたところで、その人を知る作業みたいな感じ。

 

頭で理解しようとしない時は、

好奇心と可能性で、自由な広がりが生まれる。

その自由な広がりの中で、生徒さんも、自由に自己表現をして、

思う存分、自分を「味わって」もらいたいなって、思います。

 

プライベートセッションでは、お喋りの時間も多く取っている。

お喋りしながら、その人の質を見ていくと、

ああ、こういうポーズを今日はやるといいんだろうな、と、

ピンとくる機会を多く与えられる。

 

言葉とは、便利なものだけど、

言葉とは、体験に枠組みを作るものなので、

言葉で理解したり説明したりしようとした瞬間に、

体験そのものとは、何か違うものになってしまうことがある。

 

ハタヨガ(体を使って行うヨガ)のクラスは、

生体力学や、アラインメントといった大切な事柄を、

言葉を使う思考にて理解することが、とても大事なことで、

それを度外視して、感覚だけでやってしまうことは、

安全な指導にならない。

 

だけれど、それとは違うレベルで、

言葉以外のところで感じたいことの方が、実は、より多かったりする。

 

マントラを唱える時、

私はそれらのサンスクリット語の一語一句の意味を知らない。

だけれどマントラで、涙が流れてくることがある。

マントラで伝わる音の波動と感情が、

何かを言葉で伝えるよりも、多くを伝えてくれることがある。

 

それと、同じような感覚で、

ヨガを通して、人から伝わってくるものがある。

それがその人を理解するのに、言葉よりも、より多くを教えてくれていて、

私はそのやり方で、人を知ることが幸せであり、それによって癒されている。

生徒のみんな、ありがとう。

 

at 21:47, shakti-mandir, 1. スタジオお知らせ/ Studio Announce

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