<< Mind Games | main | 言葉という枠組みを超えて >>

安定しようとすることなかれ

「方法論としてのヨーガを超え、すべてのものから解放されましょう。

 何もかも、良かれと思ったことも、捨ててしまいましょう。

 必要不可欠だと思った時点で、すべては障害となってしまうのです。

 意図的に捨てるのは無理かもしれません。

 けれど、自分にとって、もはや意味を成さないのであれば、

 おのずと姿を消していくはずです」

(「ヨーガの真実」マーク・ウィットウェルより)

 

 

世の中には、確実なものは、ひとつもありません。

唯一あるとすれば、

この世は不確実で、常に変化していて、安定しているものなど、ひとつもない、

ということのみが、確実な事実でしょう。

 

そんな不安定な世界の中で、

人は、

安定したい、

安全でありたい、

と願いながら生きています。

 

でも、

「確実な安定や、安全なんて、絶対にあり得ない」、と気づいたとき、

色々なものが、剥がれていって、

 

そこには・・・、楽がある。

 

人は、暮らしの中で、

住処(すみか)や、

パートナーや、

家族や、

仕事、

を通して、

 

安定を求めるし、

安定が得られたら、その状態を、変えたくないと思う。

 

そのために、みんな、すごく頑張っている。

 

でも、変わらないものなんて、ひとつもないし、

変わらない人なんて、ひとりもいない。

 

変わっていくものを、無理に変わらないようにしようとすればするほど、

どんどん、苦しくなっていく。

それでも、一度手に入れた安定は、手放したくないから、

必死になって、しがみつく。

 

「”必要不可欠”だと思った時点で、すべては障害になる」

ああ、その通りだと、

夜空を見ながらの散歩途中、体全体で、じわりと感じたのです。

 

 

ヨガの指導者であるマーク・ウィットウェルは、

「良かれと思ったことも、捨ててしまいましょう」と言っている。

 

私の先生であるスティーブ・ロスも、同じようなことを言っていた。

「学んだことは、巻き戻して、捨てなさい」みたいに。

 

何か良いものであったにせよ、

それらが、自分に「安全」や「安心」を与えてくれていたものだったにしても、

いつしか、そういったものたちも、形を変えたり、自分のもとを去っていったりする。

 

これは本当に、自然な姿なんだよね。

 

そして、私たちが、「今」、「ここ」にいて、

大地を踏みしめる時、

 

生きるということが、

いつもよりも、少し確実に思えるのは、

 

「必要不可欠」だと思っていたものが変化したり、過ぎ去ったりしていっても、

ここに生きて、歩んでいくことができるという、

その力が、私たちには、与えられていると、気づくからかも知れません。

 

その時心が、楽になる。

 

そしてそれが生きることに「しっくり」くる瞬間で、

この「しっくり」という感覚は、

何かを失わないために、闇雲に未来の計画を立てている時には、

決して感じることは、できません。

 

 

 

 

 

at 21:12, shakti-mandir, 5. ヨガ哲学

-, -, - -