ヨガとビジネス

10年間、日本でヨガのお仕事をしてきました。

 

スタジオでの指導が、一番良かったなと思います。

 

1回のクラス2000円〜2500円くらいで、

生徒さんにもそれほど負担がかからない額で、

気楽にヨガが楽しめて、良かった。

 

そこから自分の欲もあり、

日本各地にヨガ通訳に行ったり、

トレーニングを行ったりしているうちに、

何かちょっと、「ずれ」が生じてきた。

 

特に大きなヨガスタジオが主催するヨガイベントでは、

海外から来るヨガの先生も、

通訳も、

事務局の方々も、

結構休みなく、

タイトなスケジュールで働いていたし、

 

有名なヨガの先生が行うトレーニングでは、

「30名以上くらい参加者がないと開催しない」

みたいなプレッシャーを、主催者さんはかけられていたりして・・・。

 

自分で行っていたトレーニングでも、

生徒が集まらないと開催できないので、

集客集客、みたいな感じになって。

 

あれ、

スタジオでヨガを純粋に指導していたあの時代はどこへいってしまったのだろう・・・

 

でも、

一度、そういったサイクルにはまり込むと、

そこから抜け出すもの、恐くなってしまって、

何か違う、と思いながら、

続けてしまっていることってある。

 

今こうして全部止めて、

日本ではないところで、

収入ないけどお金も使わず、

日本にあったものを売ったお金でしばらく生活していきながら、

 

ヨガの通訳ね・・・

もう、やらないだろうな〜〜と感じています。

 

多忙、のみならず、

通訳は黒子のようであり、

自分の言葉は発してはいけない。

 

色々、先生によって言っていることが異なり矛盾している内容を、

自分の意志を度外視して訳出することや、

お昼ご飯をゆっくり食べる時間さえないこと、

 

そういうの、もう、終わってしまいました。

 

自分で行うトレーニングも、

仮にこれからまた日本で開催するならば、

誰か「やって欲しい」という方がいる場合のみにしたい。

 

それでも、やるかどうか、わからないな。

 

お庭の洋ナシ。来月は食べごろ。

散歩に行くとブラックベリーが沢山実ってきています。

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学んだことを、捨てる

色々あって、

日本にいることをやめる、

という決断をくだしました。

 

そのため、

日本にあった所有物をできるだけ沢山手放しました。

 

日本で10年ヨガの指導と通訳をしてきて、

またそれ以前にも様々なことを学んだ来たので、

 

自分のオフィスの本棚には、

人生を変えてくれたたくさんの本があり、

その本には付箋がつけてあったりして、

大切な箇所はいつも引用できるように、

下線が引いてあったり、メモ書きがしてあったりしました。

 

また、

通訳のために勉強した資料、

哲学、解剖学、ヨガ以外のボディワーク・・・

沢山のファイルがあります。

 

そして、

これまで受けたトレーニング、ワークショップでもらった教材・・・。

 

その本棚はそれまで、

私の脳みその一部として、そこに存在しているようでした。

 

自分のクラスで必要なことは、

いつもその本棚に行けば、取り出せるような感じで。

 

でも、日本を発つ前、

その本棚の中の物を、全部、捨ててしまいました。

 

ああ、

あれも、これも、

大切だと思っていたものを、

ゴミ袋に入れていくのって、

結構爽快で、

便秘を解消しているみたいな気分であった。

 

学んだことを、全部、捨てる。

 

以前、私のヨガの先生は、

私が何かを学んだと言うと、

「では、その学んだことを、今度は捨ててしまいなさい」

と言ってきた。

 

その頃、それができなかった。

 

せっかく勉強したのに!と。

 

でも、今は、どんどん捨てていく。

 

そこに残るものは何だろう。

何も残らないくらいの方が、

きっと良いと感じている。

 

 

 

 

 

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シゴト

先日、島の唯一のレストランで夕飯を食べました。

 

 

 

 

 

ウェイトレスの方が注文を取りに来ます。

 

若い女性で、前にも見たことがある人でしたが、

 

 

 

 

その日はとっても機嫌悪そうな顔つきで、オーダーを取りにきました。

 

 

 

 

一緒にいた友人がビールを注文するのに、

 

「ビール、どんな種類がありますか?」

 

と質問をしたところ、

 

 

 

 

「知らないわ」

 

 

 

 

とぶっきらぼうな返事が返ってきて、

 

 

 

 

「メニュー見たらわかるでしょ」

 

 

 

 

と、メニューを顎で示しました。

 

 

 

 

私はその態度に笑ってしまいましたが、

 

友人はムッときて、

 

「知らないってどういう意味ですか?あなたはここで仕事をしているんでしょ?」

 

と質問をします。

 

 

 

 

するとウェイトレスは、

 

「だって私、ビール飲まないから、知らないのよ」。

 

 

 

 

ここで友人は、その若いウェイトレスに、

 

あなたはここでお金をもらって仕事をしているんだから、

 

メニューくらいは知っているべきだと、諭していました。

 

 

 

 

ウェイトレスは不貞腐れたように、更に不機嫌になって、キッチンに戻っていき、

 

その日は始終、腐ったサービスを提供してくれました。

 

 

 

 

 

北米やヨーロッパでは、

 

 

こういったサービス業は、サービスの質により、チップをもらうというシステムがあり、

 

良いサービスを提供すると、支払い額の20%くらいのチップをもらえるのですが、

 

 

 

 

もちろん今回、このウェイトレスには、チップをあげることはしませんでした。

 

 

 

 

レストランでこういうサービスしてる人たちは、

 

チップでかなりの稼ぎを得ることができるので、

 

こういった適当なサービスを提供すると、

 

自分に回ってくるお金はどんどん

 

少なくなります。

 

 

 

 

それでも、

 

日本人の私からすると、

 

 

 

 

こんなに正直な態度で生きることができるって、

 

何と、自由なんだろうと、

 

 

 

 

こんな生き方をしていたら、

 

周りに気を使い、自分の命を縮めることも、ないのかもな〜〜

 

 

 

 

と思ったりもしました。

 

 

 

 

カナダ人の友人は、

 

人に気を使って命を縮めることはなくても、

 

お金がなくなって飢え死にすることになりかねない、

 

言っていました。

 

 

 

 

仕事なんだから、

 

自分の欲求や感情はしまっておいて、

 

質の良いサービスを提供しないと、と。

 

 

 

 

そういう意味では、

 

日本のサービスは最高級であって、

 

 

 

 

だから私は、犬を連れている時以外は、

 

日本の航空会社しか使わないし、

 

(日本の飛行機の座席には犬を持ち込めないため)

 

海外のサービスにほとんど何も期待をしていません。

 

 

 

 

 

 

 

日本からカナダに来る際、

 

成田エクスプレスに乗ったのですが、

 

 

 

 

品川で、電車のチケットを購入する際、

 

長蛇の列ができていて、

 

 

 

 

それでもJRの従業員は、

 

ひとりひとりに、

 

チケットを4本の指で示しながら、

 

丁寧に、丁寧に、

 

電車の詳細を説明しているので、

 

 

 

 

その長い説明のために、

 

私たちは、電車一本、乗り遅れてしまいました。

 

 

 

 

チケットに書いてあるんだから、

 

いちいち、それを口頭で説明せんでもええやん!

 

 

 

 

と、イライラしてしまいました。

 

 

 

 

こちらは、自分を押し殺し、

 

声色を変えて、

 

お客様を神として扱うサービスで、

 

しかも、チップもありません。

 

 

 

 

 

 

 

自分を押し殺す

 

  ↓

 

相手を立てる

 

  ↓

 

疲れ果てる

 

  ↓

 

ひいては、自ら命を絶つ

 

 

 

 

 

 

 

仕事ばかりじゃなく、

 

日常生活でも、

 

こういう社会じゃないかな、日本は。

 

 

 

 

 

 

 

どちらが良い?

 

 

 

 

バランスだと思いますが、

 

 

 

 

自分の感情を大事にしながらも、

 

相手と不愉快ではない関係を築くって、

 

 

 

 

そう簡単なことではないですね。

 

 

 

 

プライベートでも、ビジネスでも。

 

 

 

 

結果、

 

「もう、この先ひとりでいる方が楽だ」

 

と言う結論に至る人も、いたりするのかもしれないけど。

 

 

 

 

ひとりが楽なら、

 

それはそれで、良いんじゃないかなって、思います。

 

 

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いち抜〜けた

2019年7月2日より、

カナダ、ブリティッシュコロンビア州(BC州)に来ています。

今回の移動では、帰国日を設定しておらず、

しばらくこちらで生活をすることになりそうです。

 

私が今カナダにいる理由は、

自分の体調を整えたいからです。

 

そのために、

日本での所有物をほぼ全部手放して来ました。

 

2年前に買った家は、売りに出し、

6ヶ月前に買った車も売却し、

日本のヨガスタジオを閉鎖し、

スタジオのプロップ類もほぼ手放し、

家にあった家具や食器やあらゆるものもほとんど手放し・・・。

 

スーツケース2個に入るだけの荷物を残すのみとなりました。

 

捨てていく作業の中で、

なんと沢山の不要物に囲まれながら生活していたことか!と、

気づかされました。

 

生きていくうえで、

寝る場所があり小さなキッチンがあり、

気の合う仲間がいたら、

それ以外に必要なものなんて、ないんだと気づかされました。

 

仕事も、

日本でのヨガのクラスやトレーニング、

通訳の仕事、全部、止めてきました。

 

この先どうするんですか?

と聞かれたら、

「わかりません」としか、答えられません。

 

しばらくは、それで良いと思います。

 

カナダに移動するにあたり、

飼っている犬を連れてきました。

犬がいるのと、荷物が多かったので、

熊本の生徒さんと娘に、移動を助けてもらいました。

(ふたりはカナダに一週間滞在してくれました)。

 

犬をカナダに連れてくるために、

数ヶ月かけて検疫の手続きをし・・・。

 

台風や梅雨の影響でどんより蒸し暑い中、

成田空港まで4時間かけて、犬と電車で移動しました。

途中品川で、あまりの人の多さと、

何かよくわからない節操のなさに、

色々なことが頭の中で、

「もう、無理だな」という結論に達していくのです。

 

成田空港からバンクーバーまでは約9時間の飛行。

座席下に置いた犬もおとなしく、

その9時間の移動は長く感じませんでした。

 

バンクーバーでは一泊し、私はとにかく疲れていたので、ホテルで休み・・・。

ついてきてくれた生徒さんと娘は、個人行動で、

バンクーバーのダウンタウンを、1.5日かけて散策していました。

 

 

翌日夕方再び空港へ移動し、

小型飛行機に乗って30分。

バンクーバーよりも小さな町へ移動し、

そこでダン先生に会い、タイ料理を食べました。

 

その後、小さなフェリーでまた30分。

私が今いる島へと移動してきました。

 

BC州は日本よりも大きいので、移動となると、半端なく時間がかかります。

 

 

島にはふたつの村があり、

ふたつの村を合わせても人口は1000人。

 

2軒あったレストランの1軒が休業中となり、

外食は1軒のレストランのみ。

スーパーが2個。

信号もなく。

バスは1週間に1本。

 

 

そんな、カナダ人でも行かないような、

夢のような離れ島で、

実は去年、日本人の女性に会いました。

そしてその女性が、

私が2003年くらいに行っていた、

ノースバンクーバーの禅堂に通っているということを知りました!

 

その禅堂で瞑想を指導してくれた先生なくして、

私はヨガを始めることはなかったというような、

その先生は貴重な存在だったのですが・・・。

 

ここ5年くらい、すっかり疎遠になっていました。

 

それが、たまたま島で出会った日本の方が、

今その先生のところに通っていると知って。

 

「縁」

 

もう、その言葉だけが、理屈なしで頭の中に浮かんできたのです。

 

Kim (その先生)に、連絡をしないと!

 

こうして私は再び、私の練習の原点であった禅堂の先生へと、

導かれていきました。

 

といっても、

メールして、来月久しぶりにランチするのみなんですが、

 

カナダに帰ってきて、

ほぼ何の当てもなく帰ってきて、

カナダに住んでた時に一番繋がっていた人とまた結ばれるというのは、

 

嗚呼、帰ってこなきゃいけなかったのかなとか、

そういう風に、考えさせられたりします。

(バイアスがかかっているところもあったとしても)。

 

 

こちらは、7月でも今年はずいぶん涼しく、16度から20度くらいしか気温がありません。

毎日何をしているか?というと、

 

朝起きて朝ごはん。

午前中は散歩かヨガ、そして近所のスーパーへ買い出し。

昼ごはんの用意→食事。

午後は、散歩など。

夜ごはんの用意→食事。

寝る。

 

だいたい、3時くらいになって、

「ああ、まだ3時か・・・」と言う感じで、やることないし、

行くとこないので、お金使わない。

 

近所に古道具屋があって、

古着が100円くらいで沢山売っているので、

必要なものを買っても、500円以下で済む。

マジでお金使わない。

 

夜も、9時半にはすることがなくって、本読んだりして、寝る。

 

食べ物はとにかくクリーンでおいしい。

オーガニックの野菜や肉。

化学調味料なんて無縁。

ゴートチーズやハーブがおいしすぎる。

 

散歩は沢山自然があるので、どれだけでも歩ける。

 

海。

湖。

森。

 

アザラシ。

亀。

ビーバー。

鹿。

 

喋る人もほとんどいない。

 

7日間滞在してくれた生徒さんと娘。

カナダっぽいこととして、湖でボートに乗りました。

毎日日本人の二人とお喋りして楽しかった。

彼女たちはもう帰国してしまったので・・・。

 

しばらく静かな時間を過ごしながら、

遅い夏の訪れを待っています。

 

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YOGA

前回のブログで「脱ステロイド」のことを書いてから、

何人かの生徒さんから励ましのメールが来ました。

また、昨日は理学療法士さんによるワークショップを主催させてもらって、

12名の生徒さんの顔が見れて、

みんなのことを、とても愛おしく思いました。

 

脱ステロイドで体中に炎症が起こり、

朝目が覚めてから起き上がるのに1時間ほど時間がかかり、

あまりの痛みに背中を丸めてしか生活ができなかった日々がありました。

 

炎症がひどくなる前までは、

ヨガや瞑想をして気持ちを落ち着かせていたものの、

 

痛みがひどくなってくると、

起きるのがやっとで、

マットを敷くこともできません。

 

私はこれまで疾患を持った生徒さんともヨガをしてきたけれど、

指先さえ動かせたら、ヨガができると、

呼吸さえできたら、ヨガができると・・・、

 

どんな小さな動きでも、自分でコントロールして動かしている、

動かせる、

ということが、

人に、パワーを与えると、

軽率に考えていた・・・。

安直だった。

 

実際自分が痛みで動けなくなると、

ヨガなんて、どうでも良くなった。

というか、

ヨガを考えることさえ、できなかった。

 

起きて、機嫌よくあることが、その日の目標となった。

 

そして少しだけ症状がマシになったころ、

それでも痛みでポーズなんて取れなかったが、

ヨガについて、考え始めていた。

 

約2週間、ヨガの練習ができないでいた。

犬の散歩さえできなかった。

 

だけどヨガを考えたとき、

私の先生の本を最初から読み返しながら、

ポーズはヨガの一側面でしかなく、

ヨガはポーズではない、ということを、思い出したのです。

 

"Yoga is a spiritual practice. It's about how you feel at any given moment"

(ヨガは精神性を高める練習だ。あらゆる状況下において、自分はいかに感じているのか?)

 

「自己同一」という言葉がある。

痛みがあると、人は痛みと自分を自己同一する。

病と、自分を自己同一する。

苦しみと、自己同一する。

 

私が人生に急ブレーキがかかったように、

体が動かせないほどの痛みに見舞われた時、

私は、惨めだった。

 

それがなぜ、自分に起こったのか、

怒りを感じ、

先がわからない不安を感じ、

体の見た目がボロボロになっていく自分を、

恥ずかしいと感じた。

 

それが、自分自身の姿、となったからだ。

 

今までの健康な自分ではなく、病の自分が自分になっていた。

 

アーサナ(ポーズ)の練習もできなくなり、

じゃあ、

私のヨガはどうなってしまったのだろうと、

ヨガの道は塞がれた気分だった。

 

だけど、

私の先生の言葉。

それは私を原点に戻してくれた。

 

自分が今この状況の中で「いかに感じる」かは、

私の選択でもある。

 

苦しみと自己同一して悲劇のヒロインになるのも自分の選択である。

この症状は、いつ治るか分からないもので、

指導ができるようになっても、

(指導は来月から少しずつ始めるつもり)、

体中にある炎症が引くのは、数ヶ月後、数年後かもしれない、らしい。

 

そんな、いつ解消するか分からない問題を抱えていて、

それをどう受け止め、どう、感じていくか。

 

これは私の選択であり、決断でもある。

 

"It's about your experience.

The point is to transcend suffering, not endure more of it".

(ヨガとはあなたの体験のことだ。

鍵になるのは、苦しみをいかに超えるかであり、苦しみにもっと耐えるということではない)。

 

"Yoga is about producing joy".

(ヨガは喜びを産むことだ)。

 

今でもたまに、体中が乾燥してひび割れたように痛く、

そんな日は、外が暖かくても、自分はとても寒く感じる。

 

笑顔には、到底なれない。

 

でも、その状況で、

病と自分を自己同一化することもできるし、

「これもまた、過行くもの。あらゆるものが、過行く」

と、

今の状況と自分を自己同一しない、こともできる。

 

その練習をするのが、ヨガだ。

 

人生は、良いと悪いのサイクルを繰り返す。

良いも、悪いも、一生続かない。

空の雲の形が、決して常に同じ形ではないように、

私たちに起こる人生の出来事も、瞬間瞬間、変化している。

 

"When the mind is still, you are happiness"

(心が静かになれば、あなたが幸せそのものとなる)。

 

私たちの心(エゴ)は、

お喋りを止めない。

 

私は自分が痛い思いをしているとき、

「どうしてそれが自分に起こったんだ」と、

原因探しを始める。痛みに腹が立つ。

 

でも、それが、何をどう解決するというのだろう。

 

瞑想は、

自分の思考を観察する機会を与えてくれる。

 

さもなければ、人は自分の頭が何を考えているか、

無意識で生きている。

そしてその頭の中のお喋りとは、

同じような内容をただ繰り返している、役に立たないもののことが多い。

 

私は今、静かに座ることが困難だ。

でも、

動きながらも、瞑想的になることはできる。

それは、自分の思考の癖に気づくことだ。

 

そしてこの状況下で、自分がどう感じているか。

そこに意識を向けること。

それが、今の(そしてこれからずっと先も)、

自分のヨガ、なんだ。

 

最初、そこから、スタートしたのだった、ということを、

今与えられている苦しみが、教えてくれた。

 

そして、リラックスすること。

 

副作用の炎症が一番ひどかったころに比べて、

今は少しはマシになり、

ポーズの練習もできるようになった。

 

でも、お医者さんからは、

ヨガじゃなくって、有酸素運動をしなさい、と言われてる。

 

有酸素運動って、走ったりする、ことだ。

 

この体がヒリヒリ痛い状態で、走って汗かくなんて、

拷問のようだが、

そうやって代謝を良くし、

汗により肌を強くすることが大事らしく・・・。

 

私の抱えている症状は、

水分制限(一日1リットル以下に留める)

健康的な食事

運動

によって、治癒のスピードが上がるというので、

 

ポーズの練習もしたいけど、

それよりも、

毎朝、30分、有酸素運動をしている。

 

何をやるかって、

外で走る勇気はないので(紫外線も致命的なので)。

 

家で密かに、自己流で踊っている(笑)。

今日はマイケル・ジャクソンを聴きながらアホみたいに汗だくで踊ってみた。

これ、結構効果あって、

心拍は1分間に130まで上がり、汗ばみ、

汗ばむと、尋常じゃないくらい、体が痛く、

必死で扇風機で乾かす(あはは、なんじゃそりゃ)。

 

しかしせっかくやるなら、

楽しく面白おかしくやらなきゃ損。

 

今日は Beat it, beat it! と一緒に歌いながら、

パンチ連続のダンスだった。

 

ヨガは幸せを産むこと。

 

苦しみの中でのそれが、一番の練習。

 

だからって、苦しみを選ぶ必要はなく、

でも、人生、

絶対苦しいって時が、何度あるはず。

 

そして、人は年を取る。

 

年を取ると、

今までできたことが、どんどん、できなくなる。

 

その時自分がどう感じるか、

それも、ヨガ。

 

マットの上じゃなくても、

ヨガの練習は、

いつでもできる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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脱ステロイド

"今日という日" のブログのタイトルを、

「脱ステロイド」にするかどうか、

実際、何日も迷いました。

 

でも、やはりこのタイトルしかなかった。

 

今私はこの、

まさに壮絶な「脱ステロイド」を克服する日々を送っています。

 

2018年に入ってすぐのブログに、

今年のテーマは「道草」、みたいなことを書いていたが、

とんだ道草になっている・・・。

 

ある時、時間が止まってしまったかのように、

「脱ステロイド」のおかげで、

今までできていた、ほとんどすべてのことが、できなくなってしまいました。

(自分だけの家事をこなすのみで、唯一お料理だけは楽しくできていますが)。

 

 

簡単に説明すると、

「脱ステロイド」というのは、

”ステロイド軟こう(ステロイド外用薬)の依存症から立ち直ること”。

 

ステロイド軟こうはアトピー性皮膚炎に当たり前のように使われている軟こうで、

日本では赤ちゃんから成人まで、使用している人は多くいます。

 

私も子どもの頃、アトピーでした。

そして当たり前のようにステロイドを塗っていました。

が、それほどひどいアトピーではなかったため、

2,3回塗ったら湿疹が治る程度のものでした。

 

年に数回、ほんとに数少ない使用量だったのです。

 

大人になって、ヨガを始めてから、アトピーはまったく完治していました。

ステロイド軟こうも、皮膚科へ通うことも、

もう遠い昔のこと・・・。

 

だったはずなのですが、

4年前から湿疹がほんの少し発生し、

また、一年に数回、ステロイドを塗る生活が始まっていました。

 

それでも、前と同じように塗ればすぐに治るので、あまり気にしていませんでした。

 

が、去年に入り、湿疹が悪化し、ステロイドを塗ってもなかなか治らなくなりました。

 

「ステロイドは恐い薬」というのはなんとなく知っていました・・・。

 

なぜ、恐いのか?

 

それは、「効かなくなるかもしれない」からであり、

効かなくなると、薬の強度が高いものを処方されたり、

ひいては、一生薬が手放せなくなるから。

 

と、その頃は、その程度の心配しかしていませんでした。

(生き地獄ほどの苦しみが訪れることを、まだ知らなかったのです!)。

 

 

なかなか湿疹が治りません。

食生活は悪くないと思っていました。

でも、去年は仕事で毎月移動、

子どもの大学受験、

色々忙しさが積み重なっておりました。

 

薬を塗っても塗っても治らない。

それどころか、最初の湿疹があった場所以外にも、湿疹が出てくる・・・。

ステロイドを塗っていると、湿疹の形状が変わってきたりもしました。
 

まさに、訪れた皮膚科の数は、

S皮膚科(桑名)

F皮膚科(名古屋)

?皮膚科(名古屋)(名前を忘れてしまった)

N皮膚科(桑名)

O皮膚科 (桑名)

 

と、5件にものぼりました。

 

そのどこの皮膚科も、「ステロイド」。

11月〜3月までN皮膚科に通いましたが、

ステロイドの強度が「ストロング」レベルの軟こうを、

毎日2回、患部に塗り続ける、という指示が出てました。

 

「こんなに使って大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫、みんな使ってるから」

「なぜ治らないんでしょう?」

「う〜〜ん、それはそういう体質なのね」

 

待合室で1時間以上待たされた上、

診察時間は2分ほど。

毎回同じ薬を出されるだけで、

患部もちゃんと見ていない・・・。

 

薬を塗っているのに、ひどくなる。

 

それに対して医者は疑問を感じないのだろうか?

 

と、私がだんだん、疑問を持つようになってきました。

 

そして3月26日、私は思い立って、

ステロイド軟こうを使うのを、一切やめることにしたのです。

 

そこから地獄の日々が始まりました。

5月、6月の私のクラスがあまりないのは、
ステロイド離脱症状がひどすぎて、思うように動けないからです。

 

去年、皮膚科を訪れた際、湿疹は「背中に少し」ありました。

「おでこにも少し」だけありました。

 

背中は4ヶ月、毎日ストロングレベルの軟こうを塗った。

おでこは時々、それよりも少し強度が低い軟こうを。

 

ステロイドを中止したら数日後、

耳の後ろから首にかけて炎症が起こり、

1ヶ月後、脇の下、脇腹、腹部、体側、背中、股関節、頭部と広がり、

上半身は真っ赤な世界地図を描いたような姿になりました。

 

赤いだけではなく、

ジクジクし、ひび割れ、壮絶な痒みと、皮膚が裂けそうな痛みがあります。

毎日朝まで眠れることはありません。

 

なぜ、こんなことになるのか?

 

それは皮膚が臓器だから、

ある一か所にステロイドを塗っていただけの場合でも、

使用を中止すると、

皮膚全体がステロイドに対して禁断症状を起こし、

それが炎症として、数ヶ月〜数年、続くのだそうです。

 

私が3月26日にステロイドを一切やめる(脱ステロイドする)ことにした際、

インターネットで実際に脱ステロイドを行った人たちのブログなどを読んでいました。

 

ひどい人たちは、20年、30年、毎日ステロイドを使っていたと書いてあったため、

たまにしか使ってなかった私はきっとそこまでひどくはならないと、甘く見ておりました。

 

去年4ヶ月使っていた際、

薬が効かなくなったところで、たぶん、それはアトピーではなく、

「ステロイド皮膚炎」になっていたと、考えられるそうです。

なので、すでに体は「ステロイドに依存」を始めていました。

 

どういうことかというと、

これはアルコール中毒のようなもの、だそうで・・・。

アル中の人は、アルコールを飲むことは体に良くないとわかっていても、

アルコールが切れると禁断症状を起こします → もっとお酒が欲しくなる。

 

同じように、ステロイド依存になると、

ステロイドが切れると禁断症状を起こし、

湿疹がひどくなります → もっとステロイドを塗らないといけない。

 

それを患者も標準治療を無意識に行っている皮膚科医も、

「アトピーが悪化した」と勘違いします。

 

そして、もっと強いステロイドをつけましょう、という流れになります。

 

ステロイド皮膚炎に、ステロイドを塗るのは、

アル中の人に、アルコールを飲ませるのと同じようなことです。

 

脱ステロイドの人たちのブログを読めば読むほど、

これ以上ステロイドを使うことはやめるべきだという気持ちが強くなったのです。

 

ただ、患者が混乱するのは、

皮膚科医の間で、

「ステロイド推奨派」と「ステロイド反対派」があって、

ネット上でもこの2つの派閥が紛争のようにお互いを否定し合っており、

ステロイド推奨派はステロイド反対派のことを、

犯罪者や詐欺師のように罵っている状態だからです。

 

だから患者は、いったいどちらを信じたら良いかわからない状態になってしまいます。

 

日本皮膚科学会は「標準治療」として、

「アトピーにはステロイドを使いましょう」

とガイドラインに載せています。

 

だから町の皮膚科に行くと、どこでもステロイドが安易に処方され、

「安全な薬」として出回っています。

 

しかし実際に患者の立場からすると、

ステロイドを何年も何年も使い続け、

アトピーが良くなるどころか悪化し、

薬の強度が上がり、

本当にこれは安全なのか?という不安を抱えた人が、

私も含めて、多くいます。

 

私が脱ステロイドを行うことを決心したのは、

そういった長年ステロイド軟こうを使い続けた人が、

ある日、薬がまったく効かなくなり、

ステロイドの内服までしても治らず、

ステロイドが一切有効でなくなったため、

ステロイドを止めるしかなかった、

という人のブログをいくつも読んだからでした。

 

その人達がステロイドをやめてから、

体中に炎症が起こり、滲出液が出て、動けなくなり、

仕事も学業も何年も休むことになったという壮絶な生き地獄を・・・。

 

しかし、

そこまでリバウンドがひどいものなので、正直恐かった・・・。

 

でも、

"atopic dermatitis 患者に学んだ成人型アトピー治療"

という、阪南中央病院の佐藤健二先生が書いた本を読んで、

もう「これしかない!」と決意をしました。

 

 

ステロイドを常用しなければならない患者には、

2つの選択肢があります。

 

薬を使い続ける。

この場合、湿疹が良くなればラッキー。

薬を塗っても治らない場合、一生薬漬け。

または、最悪薬が効かなくなり、強制的に薬を止めるはめになる。

 

 

自分で薬をやめる。

体には自然治癒力があるのだから、時間かけても自力で治す。

この場合、しばらくはリバウンド状態に苦しむが、

早くやめればやめるほど、リバウンドはひどくなる可能性が低い。

 

 

阪南中央病院の佐藤先生は、

日本一の脱ステロイドの名医であり(と私は思う)、

もちろん、△鯀んだ患者の手助けをしている。

(,婆瑤鬚笋瓩兇襪鯑世覆った人の助けももちろん!)。

 

アトピーは、私の場合、ストレスがかかってくると出ます。

そしたら、ステロイドを塗っていた。

 

この先、そういう生き方は、絶対やめよう、と思った。

 

何よりも、ヨガを始めて完治していたアトピーが再発したことを、

正直、急いで「隠したかった」のかもしれません。

 

これ、まさに見栄やわ〜〜。

健康的なヨガの先生でおらなあかん!って、見栄張ってたお陰で薬選んでたのかも。

 

だけど、

色々学んだ結果、

もぐら叩きのように、

ステロイド皮膚炎にステロイド塗るのなんて、絶対考えられなかった。

 

さて、ステロイドを中止して1週間で、

炎症で耳がひきちぎれそうになりました。

顔もバリバリになりました。

体は真っ赤。

 

めちゃくちゃ不安になったので、

すぐに阪南中央病院の佐藤先生に会いに行きました。

 

「ステロイド皮膚炎やな」

 

思った通りのことを言われたのだけど、

自分が選んだ道が間違っていないと言ってくれる医者がいることの、心強さ。

 

患者一人に15~20分くらい時間をかけてくれて、

何の質問にでも答えてくれる。

 

他の皮膚科は、「大丈夫」とか「体質ですから」とか、

ましてや、

ステロイドについての質問をしようものなら、

触れてはいけないことに触れたみたいな冷たい対応しかしてくれない皮膚科医ばかりだった・・・。

 

佐藤先生は私の質問リストのすべてに答えてくれて、

私の体を見た後、

「今はひどくないな。1ヶ月後に、ひどくなるかもしれないな」

と言われたのです。

 

「どうしてですか?」

「いや、そういうケースも時々あるから」

 

そして、ばっちり1ヶ月後、私のステロイド離脱症状は、

最強に「ど最悪」なものになりました。

 

腕の付け根の炎症がひどすぎて、両腕が下せない。

首が回らない。

体は赤い世界地図。額面通りのボロボロ。。

 

阪南中央病院からは、抗ヒスタミン剤しか出ないので、

それを飲んで、ひたすら耐える日々。。。

 

今まで経験したどんな辛い経験よりも、辛い経験となった。

 

そして、いつ治るか、わからん!

3ヶ月の人もいれば、7年の人もいる。。。

つか、ほんとに、治るの?って不安になる。

 

あまりに不安になったので、

阪南中央病院に加え、

岐阜の大垣にある、たらお皮膚科を訪ねました。

ここも、脱ステロイドの専門医がやっているお医者さんです。

桑名市から近いから、助かります。

 

たらお先生は、「トンネルの向こう側は見えてるから」と励ましてくださり、

ここでも薬は出ませんが、

ビオチン(ビタミン)のサプリと、食事療法で、私を支えてくれています。

たらお先生も一回につき、30分くらい時間をかけて診察してくれます。

どんな素材の洋服を着るべきかや、仕事の対応の仕方、

食事の栄養素の計算の仕方など、教えてくれるのです。

 

私は今まで生きてきて、

何度も皮膚科に行ったけど、

「あなたの体には自然治癒力がある」と勇気づけてくれた皮膚科医は一人もいなかった。

阪南中央病院の佐藤先生と、たらお皮膚科のたらお先生は、

正真正銘の本物の医者だと思いました。

この二人の名医は、ステロイドを使わずに、

皮膚炎がどんな経過で良くなっていくかを、

多くの臨床例で、熟知しているからです。

 

ステロイドを使っている医者は、

ステロイドを処方することしか知りません。

 

 

今日で、脱ステロイドを開始してから、52日が経ちました。

まだ、もちろん治っていませんが、少しは楽になっています。

 

明日からプライベートセッションを開始します。

週1回のペースです。

6月から朝のクラスを少しずつ開始します。

通訳も少しずつ・・・。

 

仕事復帰できる目途がついてきたので、

気持ちもさらに前向きになってきました。

 

私の不在中、生徒の皆さんには大変ご迷惑をおかけしています。

そして、いつも代行で頑張ってくれているアツ子先生には感謝しきれません。

少しずつの復帰になりますので、ゆっくり待っていてください〜。

 

 

 

【ステロイドを使いたくない人のための皮膚科】

● 阪南中央病院の佐藤先生

● 大垣市のたらお皮膚科

 

私もステロイドを止めたいという人、

ステロイドを使わない皮膚科を知りたいという方は、

いつでも相談に乗りますので、ご連絡ください!

 

 

---

【補足】

アトピーの標準治療で日本皮膚科学会がステロイドを推奨しているのは、

製薬会社とのお金絡みの関係がその陰にあるからかもしれません。

 

昔タバコは健康に害がありません、と言われていましたが、

実際に肺がんになった人たちに訴えられて、

今では、海外のタバコには、肺がんの人の真っ黒な肺の写真を載せています。

 

「こうなるかもしれないけど、それでも良かったら吸ってください」

という意味です。

 

 

ステロイドも、昔の私のように、うまく使えている人もいるだろうし、

ステロイドがなくては、生活できない人もいるはずです。

 

だから、すべての人がステロイドを使わないべきだとは、思いません。

 

だけど、

ステロイド依存症になる可能性がありますよ!

と、その依存症になったらいったいどんな地獄が待っているか、ということを、

患者に伝えるべき(写真つきで)だと思いました。

 

だけど今はネットがある時代なので、

知りたい人は、「脱ステロイド」で検索すると、実際にその経験をしている人たちの話が読めます。

みんな、共通点がありますので、興味深いです。

 

また海外でもステロイドの副作用は問題になっています。

Red Skin Syndrome とい名で、同じように苦しんでいる人たちがいますが、

みんな数ヶ月から数年で治っています。

ただリバウンド中はほんとに地獄です。

 

 

【補足2】

ステロイドとは、「副腎皮質ホルモン」ですが、

それは人間の副腎皮質でつくられるホルモン、「コルチコイド」のことです。

現在、コルチコイドは副腎だけではなく、皮膚からも分泌されていることがわかっているそうです。

(炎症を抑えるホルモン)。

 

ステロイドを塗ることで、副腎の機能が落ちることはない、とされていますが、

皮膚が自分でコルチコイドを分泌する機能は、ダメージを受けるとのことでした。

 

ストロングレベルのステロイドは、皮膚に通常あるコルチコイドの10万倍のコルチコイドになります。

そんなものを塗っていたら、自分でコルチコイドを調整できなくなってしまうことは、当然のことのように、感じられます。

そんな薬が、普通に薬局でも売られていますので、気を付けてください。

 

 

【補足3】

カリフォルニアの脱ステロイドを診ているお医者さんのサイトです。

阪南中央病院の佐藤先生とほぼ同じことを言っています。

 

サイト内のビデオ、英語ですが、英語がわかる方は聞いてみると良いと思います。

http://www.red-skin-syndrome.com/

 

彼が言うのは、今の皮膚科医は、

ステロイドを使った状態でのアトピー(eczema)と、

純粋なアトピー(exzema)を見分けられる人がいないと。

 

アトピーは10歳くらいまでに治る病気だった。

でも今は成人の患者が増えている。

それは、アトピーではなく、

アトピーがステロイド皮膚炎になったものでもあるかもしれない。

だけど、今の皮膚科医は、ステロイドを使用前の純粋なアトピーがどんなものかを知らない。

だから、ステロイド皮膚炎を、難治性の成人性アトピー性皮膚炎としてしまっている。

 

 

----

ステロイドを推奨してきた人たちが、

それによって害があったという事実を認めることは、

自分たちの長年の非を認めることにもなる。

だからどんなことをしても、ステロイドは安全と躍起になって言い続けている。

 

それだけ、世の中には正直な人はいない、ということなのでしょうか・・・。

 

それならば患者側が勉強して、自分で治療を選んでいくしか、

少なくとも皮膚科に関しては、ないのでしょう。

 

 

 

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毎日同じことをする

「毎日違うことをする生き方」ってタイトルで前回ブログを書いてから・・・。

それについて、しばらく考えていました。

 

特にヨガの先生とか、ミュージシャンとか、

移動が住居になっているタイプの人っている。

 

だけどよくよく考えると、

そうやって動いている人たちって、

移動しながら、

毎日同じことをやっている。

 

ヨガの先生は、

どこに行っても毎日欠かさずヨガの練習をしている。

 

ミュージシャンは楽器の練習、毎日している。

 

毎日、同じことを、こつこつと、やっているのです。

 

この、毎日こつこつとやるってことに関しては、

この人たちは、妥協しない。

 

継続は力なり、とは、本当にその通りだと思っている。

 

毎日違うことをする生き方をしながら、

この、「毎日こつこつ同じことをする」を除いてしまったら、

一体どうなるんだろう・・・。

 

楽器の練習も、ヨガの(ポーズの)練習も、

英語の勉強も、

みんな、こつこつすることでしか、身にならない。

 

ジプシーみたいに生きてる人でも、

そこんところは、結構、かなり、マジメである。

 

でも、

人によっては、

毎日違うことをして、

こつこつ何かを継続することもしないわって生活でも、

別に良いかもしれないし、

 

毎日同じことをして、

推測がつく日々を送ることが好きって人がいても、それも良い。

 

人は色々。

 

自分と相手が、

同じ価値観である必要はない。

 

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毎日違うことをする生き方

ちょっと久しぶりのブログになってしまいましたが、

2月末にもなると、時々、春の兆しを感じることがありますね。

 

先日、夕方ひとり、リストラティブヨガをやっている最中。

日暮れの時間が少しだけ遅くなったこと。

そして、夕方でも、鳥が鳴いていた。

その声は、軽やかで、朗らかで、

ああ、春が来るのだと、感じたのです。

 

"Anticipation" という言葉が英語にあります。

何かを予期する、というような、ニュアンスの言葉かな。

 

春は、動きがある。

それはまさしく、これから特別な何かが起こるような、兆しにも感じられます。

 

こんな、季節の移ろいに気づくこと・・・。

人間は毎日、オフィスなんかで、パソコンや携帯を触っているから、

自然がこうして変化していくことにも、

気づかないことがある。

 

人は農業を始める前は、狩りをして暮らしていた。

その頃のホモサピエンス(人間)は、

どんな時代のホモサピエンスよりも、

あらゆる能力において、長けていた。

 

道具を作ること、

手先の器用さ、

獲物を追いかけること、

走って逃げること、

音を聞き分けたり、

目ももっとよく見えただろうし、

 

災害が起こったらどうするべきか、

ひとつの食物が尽きたら次は何が食べれるのか、

 

例をあげたら限りがないくらい・・・。

 

生きる能力において、

あらゆる側面で現代人は、

狩りの時代の人たちに、かなわない。

 

現代人は、

何かひとつのことに特化した能力を持つ人たちが、

お互いの不足した能力を補い合いながら、生きている。

(例えば、私はちょっと英語ができるから通訳をするけど、

家を建てることはできないから、

それはそれを得意とする人にお願いすることになる)。

 

そんな私たちは、

大自然の中で、

自分だけ、

ひとりぼっちになったとすると、

数日できっと、死んでしまうだろう。

 

自然の中(例えばジャングルなど)で、

自分ひとりで生きるすべを知ってる人って、

そう滅多にいない。

(若干一名、この人ならできるかもって人を知っているが・・・)。

 

そういったところでは、人はサルに劣っている。

サルはどんなに過酷な自然の中でも、どうにか生きてくすべを知ってるもの。

もちろん、過酷な自然の中での子ザルの死亡率は、人間のそれよりも高いだろうが。

 

・・・こんな話を、

イスラエル人の歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリは、

「サピエンス全史」の中や、youTubeで語っている。

 

彼の話は膨大すぎて、

ここに要約を書くことはできませんが・・・。

 

今、「サピエンス全史」を、

(必要があって)、

英語で読んでいて、

(英語で読まなければならないので)・・・。

 

まだ全然読み終わってないけど、

(まだかなり最初の方)

 

おもしろいなって思ったところがあります。

 

狩りの時代の人たちの仕事の話。

彼らは、狩りや植物を採りに出かけたりする仕事をしていた。

それは1週間におおよそ35~45時間の労働量だった。

 

現代人でも8時間労働で5日働くと、残業なしで、週40時間。

(土日はお休みだけど、家の仕事があったり・・・)。

 

でも、著者の言うには、

狩りの時代の人たちは、今の時代の人たちよりも、

仕事を楽しくやっていた。

 

その理由。

それは、毎日、違うことをしてたから、だって。

 

午前はあそこに狩りに行って、

午後はあそこに木の実を採りに行く。

明日はまた別の場所、または、明日は川へ行くかもしれない。

 

それに対して現代人は、

毎日同じ会社へ行き、

データ入力とか、組付け作業みたいな、

繰り返し作業、

同じことを何時間もするのが仕事って場合が多い。

 

椅子に座って一日中動かない・・・。

そんな仕事を楽しい!って、

やりがい持ってやることは、困難だろうと。

 

毎日違うことをする方が、楽しいだろうって、言うのです。

なるほどなと、思います。

 

私は特に、毎日同じことをすることが苦手なので、

毎日同じことをしている職業の人って、

すごいなって、

いつも、どうやったらそんな日々を送れるのだろうって、思ってきた。

 

それが最近、インスタグラムを始めて!

ヨガの先生の写真なんかを見る機会が増えましたが、

ヨガの先生たちは、移民?ジプシー?ってくらい、

みんな毎日同じことをしていないどころか、

毎回いる場所や国まで違ってる人の多いこと・・・。

 

ヨガしてる人は、

狩りの時代の人のDNAをより多く受け継いでいるのか?

 

(↓さっそく、インスタグラムの活用)

 

 

私は別に、どっちの生き方でも、

自分に合っている方を選べるのであれば、選べば良いと思いますが。

 

でもこの先、

色んなことを臨機応変にできるってことが必要になってくる時代が、

来るのではないなか・・・とも思います。

(ひとつの仕事に留まらず、色んなことをやる時代?)。

 

毎日、違うこと、違う仕事をして生きるなら、

どんな仕事が良いかな〜?

 

連想ゲームとか、遊びみたいに、

色々想像してみると良いかもしれない。

 

そのゲームは、「将来性」などは考える必要のないゲーム。

子どもが遊びを思いつくのと、同じようにやってみる。

将来性があるかな〜というのは、後からどうにかしたら良いことで、

楽しそうなことを、考えたい。

せっかくだからね。

 

私はいつか、これがやりたい。

コミュニティーガーデン。

なんで?

なんでかな〜?

 

 

at 17:25, shakti-mandir, ★ プライベート / Private ★

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ペインボディ(前回の続き)

「ペインボディ」について、昨日ブログを書いたのは、

最近つくづく、ペインボディ(またはサムスカーラ)の根は深いと感じる出来事が・・・、

「出来事」というか、

出来事によって起きてくる「ペインボディ」をキャッチすることが、

ちょくちょくあったからです。

 

ペインボディは、忘れた頃にやってくる。

(サムスカーラも同じ)。

 

もう、大丈夫だろうと安心している場合じゃない!

 

体でそれをキャッチしたら、

それがどこからやってくるのか、

「向き合う」。

 

これって、

「問題(闇) に飛び込んでいく」ようなことで、

かなりの勇気がいる。

 

過去に傷ついた痛みの記憶を、肉体が、覚えている。

その記憶(感情)によって言動を起こす私たち。

でもペインボディから起こす行動は、絶対に良い結果を生まない。

 

人は、それが分かっていても、

何度も何度も何度も、同じパターンを繰り返し、

何度も何度も何度も、同じ結果にたどり着き、傷つく。

 

でもある時、

「もう何が何でもその同じサイクルを繰り返すものか」、

と、心のむちゃくちゃ深いところで、決断する。

 

というか、決断しない限り、変わらない限り、

そのパターンを繰り返しては、

もうこれ以上、生きていけない。

 

そんな生き方はもう「無理」になる。

 

ここまで来るのに、すでにかなり苦しい。

 

そしてその先も、きっと苦しいぞ〜。

 

だって、

ペインボディと付き合うことは、

自分のすごい深い暗い部分に、

飛び込んでいく作業だからだ。

 

それって「闇」だから、

自分であっても未知の世界で、

とても怖いのである。

 

でも、

そうすることでやっと、

少しずつだけど、

いつも陥っていた罠に、

(それは自分がしかけた罠でもあるのだが)、

落ちないように、生きれるようになる。

 

そしてまた時々、ペインボディに振り回され、

でも、

振り回されてることに、

「気付く」タイミングが、

少しずつ早くなる。

 

そして闇の闇の闇に飛び込めば飛び込むほど、

ぽろぽろと剥がれていくものが出てきて、

例えば不安でも悲しくても、

(その結果、怒りがあっても)、

「大丈夫」みたいな気持ちになり、

 

すごい、腹がすわる。

何があっても、もう絶対たじろかない、という自信が湧いてくる。

そして、人生をこのまま信じていけるようになる。

 

これが、地に足がついた、と言う感覚なのかもしれない。

 

そんなことを考えていたとき、昔読んだOshoの文章が、

フェイスブックの「過去の思い出」で、出てきた。

 

Oshoは、この闇が「ハート」なんだと言っている。

そしてそこに、愛があるんだって。

 

そうだ。そうだよなって思う。

 

この愛は、損とか徳とかの勘定がない愛だ。

見返りなんてどうでも良い愛だ。

 

それを感じるには、自分の闇の底に飛び込んでいくことが不可欠なんだ。

そしてこれが、もうずっと長いこと、

この課題に取り組むのが、

自分のミッション(使命)だった・・・。

今も、そうだ。

 

自分の闇の深いところに行くと、

自分の光と闇、その両方があって、良いんだってことになる。

それが、自己統合なのかもしれない・・・。

 

このプロセスは、これからも、何度も繰り返していくのかな。

やっぱ、これが、私にとってのヨガかもしれない。

 

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"LET LOVE BE YOUR PRAYER (Part 5)"

Oshoの文章を、翻訳してみました。 

 

 

子どもの頃から人々は、芽を摘み取られてきた。

ハートに深く根付いていたはずの根が、切り取られた。

頭の方ばかりへと気を取られるようになり、

ハートが何を感じてるかを受け取れない。

だから人はもう長いこと、苦しい。

だから、愛を感じなから生きることができない。

 

その理由はこうだ。

 

愛はリスキー。

愛するとは、危険なこと。

なぜなら愛をコントロールすることなんて、できないのだから。

コントロールできないことは、安全ではない。

愛は自分でどうにかできるものではないのだ。

愛はどう展開するかも分からない。

愛がどんな方向へ向かっていくか、予測なんてできない。

それが何かに到達するのか、不毛であるのかも、誰も知らない。

それは、まったくの暗闇に飛び込むような行為だ。

だけど「根は」、暗闇の中でしか育たない。

 

もしも木の根が暗闇の深い場所へ伸びることを恐れてしまったら、

そして地下深くへ根を下ろさなかったとしたら、

その木は死ぬだろう。

 

暗闇の中へ深く伸びる必要がある。

 

大地の一番深いところで、

水や栄養を与えてくれる、一番深いところまで、行く必要がある。

 

「ハート」とは、あなたの、もっとも暗く深い場所だ。

それは真っ暗な夜みたいなものだ。

それは子宮のようなもの。それがあなたの、大地だ。

 

人は、自分の闇の部分を知ることを恐れる。

いつも光を求めている。

そうすれば、少なくとも、自分がどこにいるかわかるだろう。

そして、何が起こっているかを見ることもできる。

安全で、守られているような気がする。

 

でも、愛をもって生いる時、

それが、どんな可能性を含んでいるのか、

その愛がどんな結果をもたらすのか、

推測や計算をすることはできない。

 

愛は、結果ありきの行為ではない。

 

愛にとって、未来は存在しない。

「いま」しか存在しない。

 

いまに存在することはできても、

次の瞬間は推測することはできない。

 

愛を、計画立てることはできない。

 

社会、文明、文化、教会なんていうものは、

小さな子どもに、もっと理性的になれと教えている。

彼らのエネルギーをハートではなく、頭へ向かわせようとしている。

すると、ハートへ深く入っていくことが難しくなる。

本当は、とてつもない愛をもって、すべての胎児は生まれてくるはずなのに。

人が生まれるのは、愛というエネルギーの源に生まれるはずなのに。

 

子どもは愛に溢れている。

子どもの小さな目を見れば、どれだけの信頼をもって世界を見ているかが伝わってくる。

子どもは何だって信じる、例えば、蛇と遊んだり、誰か知らない人にさえ、ついていったりする。

子どもは危険な火の近くへ行くのも恐れない。

なぜなら、彼らはそれが危険だと「疑う」ことを、まだ学んでいないからだ。

 

だから、大人が「疑いなさい」と教えるのだ。

懐疑心を植え付けるのだ。

論理的になるように、教えるのだ。

そうでないと、生きていけないから、と。

恐れを教え、注意しろ、用心深くなれ、と言い、

その結果、愛の可能性が、失われていく。

 

(by OSHO 翻訳は私)。 

http://www.osho.com/read/featured-books/life-love-laughter/let-love-be-your-prayer-part-5

 

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人生の後半

40歳を過ぎた頃から、死について考えることが多くなった。

 

40歳というと、寿命の半分、またはそれ以上、生きてしまったことになる。

ここから、後半の始まり。

 

どう生きるか、ということを考える時、

死の方向からそれを考えると、

どう生きるかというか、

「どう生きたいか」が、もう少しだけ、明瞭になる。

 

物の考え方、

言動、

生き方、

 

すべて、「癖」のようなものがある。

 

同じパターンを繰り返している。

 

私たちはある程度、

色々なことを自分で選べる社会に住まわせてもらっていながら、

 

自分の体も、精神も、参ってしまうような思考パターンや感情に、

いくつになっても、振り回される。

 

エックハルト・トール(作家)が、

「ペインボディ」という言葉を使っていたことを、思い出す。

 

--- 「痛みを覚えている体」。

 

昔あった傷ついた出来事と似たような出来事が起こったり、

そういった言葉を聞いたり、

そういった場面を見たりすると、

 

思考よりも先に、

体が痛みを思い出して、

感情が沸き上がってくる(それは、怒りだったり、悲しみだったり)。

 

でも、感情ボディ(感情を感じる体)で何が起こっているのか、

私たちは、ほとんどの場合、無意識なので、

 

何かよくわからないけど、イライラしたり、

腹が立ったり、やきもちを焼いたり、

悲しくなったり、鬱々としたりして、

 

そしてそういった感情は往々にして、

「近い存在の人」にぶつけてしまう。

 

その、近い存在の人というのはしかしながら、

自分にとって、大事な人であることが多い。

例えば、

親だったり、子だったり、夫だったり、恋人だったり。

 

頭の中では、

そういった大事な人とは、

健やかな関係を築きたいと思っているはずなのに、

行動が伴わず、

関係を壊してしまうような言動に出る。。。

 

ペインボディから私たちが言動を起こしてしまうと、

その言動を起こしている最中も、

その後も、

 

ものすごく、

体も、心も、

疲労困憊する・・・。

 

そんな経験が、人生の前半には、正直、いっぱいあった。

 

40代になって、人生の後半に入って・・・。

果たしてそんな痛み(感情)を、

この先、

微塵たりとも感じたいだろうかと、自分に聞いてみるのである。

 

もちろん、

感情は、蓋をするべきものだとは思わない。

 

感情は、自分を守るために、そこにあってくれる。

 

悲しみでも、怒りでも、

体は、その感情のエネルギーを使って、

自分が傷つかないように、

これまでに学んできた古いやり方で、

私たちに、警告サインを送っている。

 

だから、その警告サインに従うように、

きっと今までは、

怒りを表現したり、悲しみを表現したりしてきたという人、

たくさんいる、というか、ほとんどが、そんな人たちばかりだ。

 

そして感情は、ものすごいパワーを持って、人を動かす。

人は思考よりも感情によって、行動を起こすことが多いもの。

 

でも今、

ちょっと時間を持つことができるのであれば、

何か、負の感情のようなものが内に宿った時、

それが「ペインボディ」かもしれないと、

その感情を精査する時間を持ってみたい。

 

昔から、古くから、繰り返している痛みには、

なにか共通点がある。

 

自分が、大事にしてもらわなかった経験・・・。

自分には価値がないと言われてきた経験・・・。

何もできないと言われた経験。

捨てられた経験。

 

その時の痛みが、

今の私たちの行動までを、支配しているかもしれない・・・。

 

でも、もしかすると、

もうその痛みを感じていく必要は、ないのかもしれない。

 

「これは、自分のペインボディが反応しているんだ」

と認識するとき、

 

今起こっている出来事と、

感じている感情が、

実は、直接的につながっていないことに、

気がつかされる。

 

感じている感情は昔々に植え付けられたもの。

 

そして、そんな風にそれが、

過去からのペインボディのリアクションなのだとしたら、

 

「今、自分は、そのペインボディから、行動を起こす必要があるだろうか?」

 

と、自分に聞いてみる。

 

今、起こっている出来事が、

昔の痛みを思い出させるような出来事だったとしても、

必ずしも、昔と同じ、だとは限らない。

 

なのに、

昔と同じように行動をしてしまうことで、

昔と同じ結果を、招いてしまう。

(それが、カルマの法則だ)。

 

ペインボディを、無理やりなくすことはできない。

 

でも、「ペインボディなんだね」と、

それが存在することを、認識することはできる。

 

すると、ペンボディはある程度、静かになっていく。

 

そのためには、

自分に時間を与えること、

とりあえず行動することを、やめて、

ひとりで、

文字にしたり、絵にしたりして、

メンタルクレンジングをするのも、良いかもしれない。

 

そして、自分は、ペインボディではない、ということを、もっと知っていく。

それが、マットの外で行う、ヨガでもある。

 

どう生きるか。

それがある程度自分で選べる幸福を、きっと誰でも、無駄にしたくない。

 

もう二度と繰り返したくないような出来事があるのであれば、

どうしてだって、それを繰り返さない。

これは、決断。

人は、決断しないと、やっぱり同じことを、繰り返す・・・。

 

 

ところで、去年のクリスマス、

元夫で今は友達である子どもたちの父親のところへ遊びに行った。

 

彼はカナダ人なのだけれど、

彼のおばさんが、去年、

「安楽死」を選んで亡くなったということを、聞かされた。

 

おばさんは、90代で独身のフレンチカナディアン。

最後までオシャレで、なんでも自分でやっていたのに、

ある時転んでしまって、頸椎を骨折し、首から下が動かなくなったらしい。

 

カナダでは、2016年6月に安楽死が合法化されている。

おばさんは、安楽死を選んだ。

 

安楽死を希望すると、

何度も心理カウンセラーとカウンセリングセッションを受けなければならないらしく、

おばさんも、何度もカウンセリングして、本当に死んでも良いか、話し合った。

 

彼女の意思は強く、やはり安楽死を選んだ。

 

死ぬ前に彼女は、家族のメンバー全員に会って、

ひとりひとりにお別れを告げる。

何日間か、それに時間を費やした。

 

そして、最後の日、マフィンを1つ食べた後、

「さ、マフィンがなくなったわ。もう行く時ね」

と言って、

医者がいくつかの薬を投与し、

この世を去ったらしい。

 

そしてそののちも、世界はそんなに変わらず、

同じように、太陽も登り、月も登る。

私たちが生まれる前も、そんな世界があった。

 

どう生きるか。

どう生きたいか。

時々、考えてみる価値がある。

 

カナダの安楽死についての記事は、以下のリンクで見られます。

https://jp.vice.com/news/canada-legalized-assisted-suicide-but-there-arent-enough-doctors-to-keep-up-with-demand

 

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